「なるほど。まさに灯台下暗しということだね。」

 

天孤の報告に優作はじっくりと時間をおいて、長くため息をついた。

その隣では、コゴロウがいきり立っている。

一刻も早く、目の上のタンコブとも言えるジンを排除したいのだろう。

それをエリが袖をひっぱりなだめていた。

 

 

―あかつき―

 

 

「さて、問題はジンの元に誰が向かうかだ・・・。」

「それはもちろんこのコゴロウが。」

 

「だから、貴方は創始様の護神だと何度言ったら分かるんです?」

 

 

もう嫌だと頭を抱えるエリに、平次が宥めるよう彼女の肩を叩いた。

 

 

「心配せんと、わいが行って来るさかい。鬼の力をもってすれば、あんな死に損ない。」

『平次1人だったら、足止めにもならないな。』

 

グイッと力瘤を作った平次だが、隣から聞こえた声にギッとその主を睨みつける。

快斗の傍に控えた黒い犬。金の目は小ばかにしているように見えた。

 

「なんやて?」

 

「平次君、落ち着きなさい。それにジンはそう甘くないよ。

そうだね、ここは服部家、遠山家、毛利家の力を結集させなくてはいけないね。」

 

「ちょっと待ってください、創始様。なぜ黒羽家は参らないのですか。」

 

エリは身体ごと優作のほうを向き、スッと切れ長の目をさらに険しくする。

 

 

「追放された家の血筋の者がいるだけでも、忌々しいのに。」

 

「エリさん!」

 

思わず声を荒げる新一にエリはビクっと身体を硬直させた。

それでも、言葉を訂正する気は無いらしく、質問に答えてくださいとばかりに優作を見据える。

その気丈な姿に優作は苦笑を漏らすと、軽く頬をかいた。

 

「快斗君にはすべき任があるんだよ。これは私の頼みでもある。」

「そう・・ですか。」

 

「エリさん。心配しなくても蘭たちは俺が。」

 

 

「新一はダメだ。」

 

 

俺が守ります。そう続けようとした言葉は途中で止まる。

今の今まで沈黙を守っていた快斗の言葉になぜ?と新一は視線で問いかけた。

 

 

「ジンの狙いは新一だ。それに、4家はおまえを守るためにいるんじゃないのか?」

 

「そんなことっ。」

 

「分かってるなんて言わせない。新一、おまえは生きなきゃダメなんだよ。

 守られることに慣れなきゃいけない。それが、次期創始の役目だ。」

 

ツッと息を呑む新一を、誰も助けることはできない。

新一はとっさに平次のほうを見たが、彼は黙って首をふった。

 

「黒羽の言うとおりや。工藤。おまえは村を守れ。」

「服部!!」

 

「そういうことだ。では、日が昇りきる前までに遠山、服部、毛利は出立の準備を。

 必ずジンをこの世から消し去れ。そして、必ず生きて帰るんだ。」

 

優作はゆっくりと優しげな眼差しを隣の部屋とを仕切る襖へと向ける。

きっと気になって壁に耳をつけているであろう、蘭や和葉への言葉だ。

 

 

「服部家次期頭首。拝命仕りました。」

 

 

「毛利家次期頭首。拝命仕りました。」

「遠山家次期頭首。拝命仕りました。」

 

ガラリと襖が開き、平次に続いて蘭と和葉が頭を垂れる。

 

新一は自分の意見を聞き入ってもらえる隙が無いことが悔しく、

ギュッと手を握り締めることしか出来なかった。

 

大事な友が、一番危険な場所に向かうというのに。

なんで、なんでこんなに無力なのだろう。

いっそ、この言霊の力で、黙り込ませてしまおうか・・・。

 

そう思っても、口から漏れるのは嗚咽だけで。

 

 

「工藤!!」

「いい。俺が行く。」

 

ダンッと畳を殴りつけて立ち上がり、部屋を出て行く新一に平次は慌てて声をかけたが、

先に動いたのは快斗だった。

そんな様子に優作は「まだまだ子供だ。」と小さく漏らす。

 

「それで、君も行くんだろう?」

「ええ。このまま見ているなんてできませんから。」

 

眠っていたはずの志保がいつの間にか、蘭と和葉の後ろに立っていた。

驚いて振り返ると、白い寝着のまま彼女は和葉と蘭の間をすり抜ける。

 

「天孤。手伝ってくれるんでしょ?」

「喜んで。」

 

こうして、ジンを討伐するために、4人の式神使いが集結した。

それぞれに熱い想いを胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

部屋を出た新一は、闇雲に走り続けていた。

向かう場所なんてものは無い。ただ、あの空間に居たくは無かった。

特別扱いをしないでくれると信じていた平次の一言が、胸に突き刺さる。

ずっと、そんな気持ちでいたのだろうか。自分を守るなんて。

 

 

「くそっ。」

 

自分の存在は呪いだ。

快斗の母が言ったように。

自由を、彼らの命を危険に晒す、ただの呪い。

 

草の根を乱暴に掻き分けて進む彼に、今日は森の生き物も近づいては来なかった。

ただ、木々の上から恐る恐る見下ろしたり、傍の茂みに隠れて様子を覗ったりはしている。

それでも、こんなに心を乱した彼に近づける勇気などはない。

 

「新一。待てよ!新一。」

「うるさい。追ってくるんじゃねぇ!!」

 

その勇気を備えているただ1人の人物、

黒羽快斗は、どんどんと森へ入る新一を必死に追った。

 

 

 

言い過ぎたかとも思うが、快斗とて、ジンに新一を会わせるつもりはない。

それも自分から離れてなど、想像するだけで気が狂いそうだ。

もし、再び、ジンによって彼の命を奪われたら・・・。

 

 

「冗談じゃねぇ。」

 

 

彼を守るためなら、正直、彼らの安否などどうでも良いとさえ思える。

こんなにも穢れた心を新一に見せるわけにはいかないけれど。

 

 

少しずつ縮まっていく距離。

背中で拒絶を示しているが、逃がすつもりなんて毛頭無い。

 

新一は己の存在を呪いだという。

けれど、快斗にとっては、彼は全てだ。

生きる意味。いや、自分の命が具体化した存在といってもいい。

 

 

彼が居るからこそ、呼吸の仕方が分かる。

彼が居るからこそ、世界を守りたいと思える。

彼を失ったときの感情は、生まれ変わったって消えやしない。

 

 

思いっきり手を伸ばして、新一の細い腕を掴んだ。

ようやく触れられたぬくもりに、一気に身体の力が抜けていくのを感じる。

 

 

「離せ!」

「いやだ。」

「いいから、離せ!!」

 

「離して欲しいなら、命令すればいいだろ?」

 

 

 

俯いていた新一がサッと振り返って空いている方の手を振り上げた。

 

 

 

パーン

 

 

 

静かな森に、盛大な音が木霊する。

様子を影から見守っていた生き物たちも、

一斉にその場から退散したのか鳥の羽音が大きく響いた。

 

「新一。どれだけ憎まれても良い。俺は・・・俺はおまえに生きて欲しいだけなんだ。」

 

「馬鹿野朗・・。」

 

「新一は自分勝手だよ。残される人の気持ちを知らないだろ?」

 

掴んでいた手を引き寄せて、快斗は腕の中に華奢な彼の身体を閉じ込める。

 

2度も失えない。」

「なら・・・おまえも生きろよ。約束しろ。」

「大事な新一を残して逝けるはず、ないでしょ。」

 

俺は残される気持ちを知っているから。

その気持ちを新一に味合わせるなんてことできないから。

 

そんな思いを口にする代わりに

「新一の全てを独占したいからね。俺の知らない新一の時間が存在するなんてダメだし。」

と、快斗は新一の耳元で囁くのだった。

 

 

 

 

 

 

深いこの山々にも、ようやく朝日が差し込む。

朝靄によって露がたまった葉は、美しい色に輝いていた。

 

新一の気持ちが落ち着いたのを察したのか、ようやく鳥達も朝の歌を再開する。

一番仲のいい、ジョウビタキもまた、彼らの傍を悠々と舞った。

 

「見送り、するんだろ?」

「ああ。」

「じゃ、急がないと。」

 

頷く新一をお姫様抱っこして、快斗は山道を軽快にくだり始める。

慌てて家を飛び出した新一はなんと裸足で、白魚のような足からは血が流れていた。

 

「おい、下ろせ。こんくらい歩ける!!」

 

「そんな傷で何言ってんの。だいたい新一の足じゃ間に合わない。」

 

「んなわけあるか!!」

 

長い長い一日が始まる。

彼らの未来を決める、長い一日が。