〜白麗祭〜
act2
「悠斗。」 「母さん・・・。」 自室のテラスでジッと月を見上げている悠斗を視線にとめた新一は そっと名を呼んだ。 その声に、悠斗はゆっくりと振り返り、軽く苦笑する。 「風呂あいたぞ。」 「ああ、母さんの様子を見れば分かるよ。 それに、テラスに出たら体が冷える。母さんの体、 そう丈夫に出来ていないんだし、みんな心配するだろ。」 テラスに出てきた新一に悠斗は不満げにそう声を発した。 まだ、9月と言えど夜の気温はすっかり低くなっている。 新一の体の事情と、現在まで続く後遺症を全て知っている 悠斗にとってはそれがどれだけ危険な行為と言うことは 痛いほど分かっていた。 もちろん、他の兄妹達も父親も自分以上に母には過保護だから、 こんな事態を見ればきっと父親なんかは殺到してしまうことは 容易に想像できる。 そんな、悠斗の考えを全て分かり切っている新一のはずなのだが、 今日はいっこうに部屋の中へ入ろうとはせず、 ただ悠斗が先ほどまで眺めていた月を見ていた。 「母さんっ。」 「分かってるって。お前は心配しすぎだ。 それより悠斗。明日はほどほどにがんばれよ。」 「・・逃げるのは無理だし、 とりあえず声色を変えて俺だってばれないようにする。 まったく、なんで中学にあがってまで あいつらの趣味につきあわなけりゃいけねぇーんだよ。」 「まあ、お前の気持ちは痛いほど分かるけどな。」 新一によく似た次男は生まれてから中学にはいるまで由梨と同じ様な女の子の格好を祖母の有希子おばさん(おばあちゃんと呼んだら怒られたので)はもちろんのこと、幼なじみの2人にまでやらされてきた。 中学に入ってからは流石にそれも終わるだろうと 期待していた矢先、これだ。 兄のように男顔だったら良かったのに、と幾度かは思ったことは あったが、それなりに母に似たこの顔もまんざらではなかった。 そして、母も又、男だったとき由紀子おばさんや父さん それに哀姉さんから女装をさせられていたことは知っていた。 だからこそ、一番の良き理解者でもあるのだ。 「がんばれよ。」 「あ、うん。それより、母さん。早く中に入らないと・・・。」 「お母さん!!なんでそんなところにいるのっ。」 「風呂上がりなんだろ、体の事考えろよ、母さん。」 「悠斗、お母さんを早く部屋に押し込んで。」 「新一!!もう、何やってるんだよ。」 悠斗が部屋に新一を入れようと声を掛けた瞬間、由佳、雅斗、由梨、そして快斗の順に様々な声が飛んでくる。 その表情は心配と怒りが入り交じっていて、 後で由梨に責められるだろうと悠斗は軽くため息をついた。 「相変わらずだよな。」 だが、隣にいる新一はあろうことか そんな家族の反応を他人事のようにクスクスと笑っていた。 悠斗はとりあえずそんな新一を部屋へ押し込む。 そうして部屋に入った新一を快斗が抱きしめて、 “こんなに冷えて”とぶつくさ言いながら連れて行った。 そして、のこされた悠斗には兄妹達の痛いほどの視線。 「悠斗、あんたも体つよくないんだから。」 「たっく、ほんとお前は母さんに似てるよ。」 「体に無頓着なところが特にね。」 「分かってるよ。」 母さんの遺伝子を強く受け継いだ俺と由梨は、 母さん程じゃないけど体は強くなかった。 そこで俺もとりあえず部屋に入る。 明日は長くなりそうだ。そう思いながら。 「新一の高校時代を思い出すなw」 「馬快斗。よけいなことを言うんじゃねー。」 すっかり綺麗に女子生徒の制服を着せられ、完全な女に仕立て 上げられた悠斗を見ながら快斗はにやけた顔をしてそう呟いた。 その一言に、愛する妻からの制裁が与えられる。 「新ちゃんの愛が痛い・・。」 「もう一発蹴ってやろうか?」 「由希おばさま、快斗おじさま。夫婦漫才は次の機会に。 悠斗、それじゃあそろそろ行くわよ。」 「ああ。」 悠斗はいつもより高い声でそう返事した。 もちろん、これは2代目キッドである父から習ったもので、 まさかこんな時に役立つとはさらさら思ってもみなかったのだが。 ちなみに、由梨と由佳はもう学校に向かっており、 雅斗にいたっては夜の明けないうちから ステージセットをするために家を出ていた。 「じゃあ、いってらっしゃい。私もあとから行くわ。」 「哀ねえさん。占いの館にはぜひお越し下さいね。それと由佳も 言っていたと思うんですけどあのことよろしくお願いします。 後でお母様も来るそうですから。」 紅里はいつの間に来たのであろう哀にそう告げると いやがる悠斗を引っ張って家を出ていった。 「さて、私たちもそろそろ始めなきゃね。由希?」 「・・・始めるってなにをだよ、宮野。」 志保は普段は新一のことを昔通り“工藤君”と呼んでいる。 だが、よからぬ事を考えているときに限っては 偽りの名で彼を呼ぶのだ。 それを分かり切っている新一は助けを請うように 快斗に視線をやるが、快斗はゴメンと手を合わせてしまっていた。 つまり、止められないということ。 「黒羽君も承諾済みなの。大丈夫、綺麗にしてあげるから。 もうすぐ紅子さんも来るはずよ。」 「ゴメン、新一。でも、これは由佳からのお願いなんだ。」 「後で覚えてろ。」 おおかたこれから行われることに予想のついた新一はやり場のない 怒りを後で旦那へと向けることで納得し、 志保に連れられて客間へと向かうのだった。 |