〜白麗祭〜
Act4
「奥様も美人がそろっているんだろうな。」 校内に足を踏み入れて、回りを見渡せば上品な装いの若奥様が 視界に次々と飛び込んでくる。それを見て新一はコンテストに 出場するのが場違いのように思われて仕方がないのか 思わずそんな言葉を口にしてしまった。 「何?心配してるの美若奥様コンテストのこと。」 「恥かくだけのような気がしてさ・・。だって場違いだろう?」 「新一。さっきから視線を独占してるの気づいてる?」 「え?快斗が集めてんじゃねーのか?」 回りに視線を配らせながら、 新一は小首を傾げるような仕草と共に、快斗に尋ね返した。 それに何人の人間が鬱血しただろうか? 快斗が鈍感な奥様へひとこと言おうと口を開いた瞬間だった。 下から、鈴のような高い声が響いたのは。 「確かに、奥様は美しいですがわたくしのお母様には敵いませんわ。」 その声の発する方に2人は視線を向けると、茶色のウェーブした 細い髪にクルッと大きなこれまた茶色の瞳が印象的な少女が そこには立っていた。 「こんにちは。久しぶりに目に余るほどの至高な奥様を見つけて 思わず声をかけてしまってすみませんでした。」 姿形にそぐわないその口調に 2人は隣人を思いだしかけて頭の隅に追いやる。 その行為は今、年相応の姿となった 彼女に対して失礼に当たるからだ。 「で?君が認めてくれる俺の奥様でも 君のお母様には敵わないのですか?」 快斗はしゃがみ込んで昔やっていた裏業の時のような口調 (新一、曰くエセ紳士風の気障な言い回し)で少女に尋ねた。 少女は快斗がしゃがみ込んだことに子ども扱いされたと不服 そうな表情をしていたもののきちんと快斗の問いに返事を返す。 「ええ、わたくしのお母様は10年前世間を騒がせていた 女優ですから。」 当たり前でしょ? そんな先入観を含んだ言い回しで告げる彼女に、快斗は一言、 言おうとしたが、その言葉はもう一人の人物の声によって 遮られてしまう。それは隣にいる新一の声によく似ているが 新一が発したものではなかった。 「女優が美しいとは限らないんじゃないかしら?」 ストレートの長い黒髪を高い位置で束ね、 普段着ることのない黄色の鮮やかな着物とそれに映えるような 深紅の前掛けをした少女。 それは他でもない彼らの娘。 「柏木美春(かしわぎ みはる)。 私のお母さんを馬鹿にすることは許さないわよ。」 「あら、黒羽由梨じゃございませんか。 ああ、貴女のお母様でしたの?」 2人はまさに校内で知らぬ者がいないほどの犬猿の仲であった。 何が気に入らないと問われれば 『存在自体』と2人は同時に返事を返すほどの仲の悪さ。 そして出会えば必ず毒舌を交えた水面下での戦いが始まる。 それによって何度この学校の気温が下がったことか計り知れない。 噂に寄れば『柏木派』と『黒羽派』が存在するとか。 そんなことを前情報で仕入れていた快斗は 彼女がその人物なのだと納得していた。 まあ、隣にいる新一は何も分かっていないようだが。 「美春。今日は貴女のお母様も出場されると聞いたけれど?」 「ええ。今回のミスコンはわたくしの お母様のために設けられたようなものですからね。」 「まあ、せいぜい始まるまで儚い夢を見ればいいわ。」 スラスラと流れるように繰り返される毒舌の嵐。 回りの人間が遠回しに横切っていくのを 快斗は苦笑しながら見守っていた。 もちろん内心は手助けしてやりたいのだが、それが逆に 娘を不利にすることは分かり切っている。 そんなことを思っていると新一が視線で尋ねてきた。 『なんでこんなに仲が悪いのだ?』と。 それに快斗はウィンク1つで答えを返す。 『魂から嫌っているんだよ。俺と服部や白馬のようにね。』 そんな風に、新婚カップルのようなアイコンタクトをしていても、彼女たちの口げんかは留まることを知らなかった。 気のせいか、先ほどよりもヒートアップしている気がする。 「由梨?」 それを止めたのはまたともない新一の一言だった。 日頃より数十倍毒舌が増している娘の名を 思わず呟いてしまうのは、まっとうな反応だろうと 快斗はその横で密かに思う。 もちろん、母親の言葉は絶対に聞き逃さない由梨は 口げんかを放棄して先ほどとは180度ちがう 柔らかな雰囲気で母の方を向いた。 「あっ、お母さんごめん。またせちゃったよね?」 「いや、いいんだけど・・・。」 その呟きが聞こえていたことと会話を中断させてしまったことに、新一は思わずとまどってしまったが、 当の由梨は気にすることなく柏木美春へと視線を移した。 「悪いけど、これ以上お母さんと過ごす時間を貴女との くだらない会話でつぶしたくないの。それと、今度 お母さんにいちゃもんつけたら五体満足ではかえさないわ。」 「とんだマザコンね。」 「なんとでも言って。」 くってかかってくるだろうと考えた美春の台詞は あっけない由梨の応答によって無となった。 そう、ようは由梨にとってどうでもいいのだ他人の考えなど。 ただ、母を馬鹿にしたその事実が許せないだけ。 「由梨、みせに案内してくんない?」 「分かった。」 ようやく終わりを見せた会話に 快斗は恐る恐る由梨に話しかけた。 由梨はその言葉にあっさりとした返事を返すと、 人通りの少ない通路を歩き始める。 これもひとえに人混みが苦手な母のため。 それをすぐに感づいた新一は 一目に見られないところでお礼代わりにそっと娘の手を取る。 中学生にもなって母親と手をつなぐことは 流石に抵抗があると思った新一の行動。 「お母さんと手を繋なぐのはどんな場所でもいいのに。」 由梨はそんな母の感謝の気持ちを受け取りながら、 小さな事を気遣う母に微笑んでそう述べるのであった。 |