白麗祭
〜Act5〜
「由梨、あんた何処に行ってたの? って、お父さんとお母さんじゃん♪」 「途中であったの。席空いてるよね?」 「もっちろん。」 お盆片手に駆け回っている由佳の様子から、 店は随分と繁盛しているらしい。 これは、飲食部門どころか全体でも優勝できそうな勢いである。 そんな中、店を手伝わずに外にいた由梨もさすがと言えばさすがだ。 男性の客が若干多い状態の店の中でも、 一番奥の静かな席はきちんと確保されていた。 もちろん、あとから来るであろう哀達のことも考えて 席は7つほど取ってある。 「こちらでどうぞ。アツアツ新婚御夫婦様。 それと、そちらの紳士的な旦那様にお願いがあるんですが。」 「何ですか?美しいお嬢様のためなら何でもしますよ?」 「親子で馬鹿な会話は止めろ・・・。」 出された水を一口飲んで、新一は目の前で会話する 似たもの同士に避難の視線を向けた。 それを、隣で見ていた由梨はチラリと 店内の様子を確認してから口を挟む。 「姉さん、忙しいから用件だけにしてよね。」 「あれ〜?その忙しいときにさぼってたのは、 どこのどちらだったかしら?」 由梨に視線を合わせるように少ししゃがめば、 由梨はぷいっと視線を外す。 その仕草に、由佳はクスクスと笑った。 「あれは、正当な行動。 それで、お父さん、店の机が壊れたの。修理してくれる?」 「もちろん。すぐ終わるから、新一はここで待っててね。」 「ゆっくりしてこい。俺はのんびりコーヒーが飲みたいからな。」 「コーヒーは、私が煎れてくるね。由梨はお父さんを案内して。」 由梨と快斗が店の外へと出ていって、由佳がコーヒーを煎れに 行ったので、新一はここに来て初めて一人になった。 特にすることもないので、風が心地よくはいる窓から外を眺める。 運動場では特設ステージが設置されていて、派手な音楽が流れていた。 おそらく、あそこでコンテストやフィナーレが行われるのであろう。 勝たなきゃ、いけねーよな。 新一はフィナーレと共に開催されるコンテストのことを思い出して、 フーっとため息をもらした。 よくよく考えてみれば家族旅行に行った記憶はない。 「初めてのおねだりか・・・。」 欲の薄い子ども達、今まで洋服も旅行も頼まれた覚えは少ない。 もちろん、はたから言わせれば、 新一と快斗もそんな子どもだったのだが。 「何考えてるの、お母さん。」 「由佳。」 湯気の立つ暖かそうなコーヒを木製のお盆に乗せて、 由佳は外を眺めている新一の横に立っていた。 コトリと流れるような仕草でカップを並べると、 先程まで快斗が座っていた席に今度は由佳が腰掛ける。 「いいのか?店。」 「後輩にゆくりしてきてって言われちゃってね。まあ、私は由梨とは 違ってきちんと仕事をこなしているから大丈夫よ。」 どこから取り出したのか、 由佳もまた新一と同じようにコーヒーを飲んでいた。 「お母さん、ゴメンね。今日は我が儘言って。お母さんが 人前で目に立つことを苦手としていることは分かってるんだよ。 でもさ、何かきっかけがないとなかなか家族旅行って 行けないでしょ?だから・・・。」 コーヒをテーブルに置いて、由佳は新一に視線を合わせると それを一瞬も外すことなく、最後は消え入りそうな声で淡々と話す。 「由佳。俺もきっかけがないとなかなか動けないタイプだ。 できるだけ、がんばるよ。」 「ほんと!?お母さんがやる気になれば出来ない事なんて無いよ。 この勝負は貰ったようなものだわ!」 「・・・・お前は、本当に快斗にそっくりだな。」 ころりと自分の一言で気分を一転して変えてしまう由佳は 本当に快斗と瓜二つだ。 だが、そう呟いた新一の言葉も はしゃぐ由佳には届いていないようだった。 「新一ーーーー。」 「うるさいぞ、快斗。」 「た、大変なんだよ。今、廊下で女子生徒が話してたんだけど 今日のコンテストで歌を歌わなきゃいけないんだって」 新一の一括を気にすることなく、 快斗は先ほど仕入れた情報を慌てた様子で口に出す。 それに、新一の顔をは見る見る強ばっていくのだが、 由佳はその理由が分からなかった。 「なんで?お母さん、歌ぐらい楽勝じゃん。声綺麗だし。」 確かに由佳は新一の歌を聞いたことは無いが、 その誰にも負けないほど澄んだ声から綺麗なメロディーが 発せられると考えただけで、うっとりとしてしまう。 「いや、俺が歌はなかったのは・・・。」 「お母さん。そろそろ時間だよ。」 由佳の誤解を解こうとした新一だったが絶妙のタイミングで、 由梨が声をかけその言葉は妨げられてしまう。 そして、由佳も由梨の言葉で思い出したように時計に視線をやった。 「本当だ。もうすぐ雅斗のショーが始まるじゃん。 お父さん、お母さん。席は取ってあるから早くいきなよ。」 「体育館はこっち。私が案内する。」 「って、由梨。あんた、またさぼる気でしょ!!!」 後ろで木霊す由佳の声を聞き流した由梨は、新一と快斗の 背中を押して、さっさと甘味喫茶を出ていくのだった。 |