スーツにしようとも思ったが、それでは目立ちすぎるかと、

新一はブーツカットのデニムに白のノースリーブのセーター

それだけでは寒いかもしれないとジャケットを羽織る。

快斗はいつものように、カジュアルな服を嫌みなほどに格好良く着込んで

さらに、オレンジのサングラスをかけていた。

 

どこからどう見ても、中学生の子供を持つ夫婦には見えないわ。

哀は所用で家に来ていたのだが、その姿をみて切実に思う。

 

「それじゃあ、哀ちゃん。行って来ます。」

「書斎、適当に使えよ。終わったら、カギかけといてくれな。」

「ええ。いってらっしゃい。」

朝から4人の足取りが重かったのはこのせいだったのね。

そう考えて人知れず微笑むと彼女もまた書斎に調べ物をするために玄関を立ち去った。

 

―悪夢の授業参観―

(悠斗の場合)

 

 

「二時間目が悠斗のクラス、三時間目が由梨のクラス、

 そして、4時間目は雅斗と由佳だな。」

 

新一は先週渡されたプリントを車の中で眺める。

 

「にしても、車でOKなのは、助かるよね。」

「ま〜な。」

「普通は、自家用車禁止だし。」

快斗の言うとおり保護者の学校への行き来は一般的に“公共の交通機関”というのが

おきまりなのだが、黒羽家の子供達が通う“青嵐中学校”は

無駄に広い地下駐車場があるらしく、自家用車での乗り入れが許可されていた。

 

 

「それで、それぞれの教科は何?」

 

快斗はずれかかったサングラスを人差し指で戻しながら、新一に尋ねる。

新一はそんな快斗を見て、運転中くらいサングラスを外せばいいのに・・と思う。

だが、以前、そのようなことを言ったとき、“格好良く見えるし、

眩しいのいやだしね〜”と笑顔で返されたのであえて口にはしない。

 

「新一。聞いてる?」

「あ、ああ。えっと、悠斗は数学、由梨は理科、んで雅斗達は体育だってよ。」

「体育?なんか授業参観で体育って珍しいな。」

「そっか?まぁ、俺的には、由梨の理科が心配かも。実験って書いてあるし。」

「あはは。凄いもの作らなきゃ良いけど。」

 

家で試験管をふる由梨を思い出して、2人で乾いた笑みを浮かべる。

この頃は、哀顔負けの新薬なんてものも作るから。

 

「どちらにしても楽しみだな。」

「そうだな。」

上機嫌なのか鼻歌交じりで運転をする快斗に

新一もワクワクしてきて、再びプリントに視線を落とした。

 

 

 

+++++++

 

迂闊だったのは、1時間目から居眠りをしていたこと。

そして、さらに最悪なことに、今日が授業参観だと忘れてしまっていたこと。

悠斗は当てられた問題を黒板に解きながらそう思う。

 

事の起こりは数分前。

隣の席の友人からゆさぶられて、のっそりと悠斗は頭を上げた。

見ればご立腹の様子な数学教師。

35だというのに、老け込んだ顔だと悠斗はのんびり思う。

 

「黒羽。おまえは、俺の授業がつまらないのか!!毎回毎回居眠りして。」

「2,698。」

「は?」

「黒板の答え。それ、聞いたんですよね?」

 

ふあ〜と欠伸をしながら答えると、おおっどよめく声。

 

ん?どよめき?

 

「黒羽。おまえ、今が授業参観だって分かってるんだろうな?」

 

そこで、悠斗の頭は一瞬で覚醒した。

 

「ほら、眠気覚ましにきちんと筋道立てて書け。」

コツンとチョークで額をつつかれて、悠斗はしぶしぶ席を立つ。

 

 

問題を書き終えて、クルリと振り返れば視界に映るのはもちろん両親。

快斗は必死に笑いをこらえ、新一は呆れたような視線を向けていた。

どうやら怒っていないらしい。と一安心しながらも

悠斗はある一点に目が留まる。

 

何で、教室で腰に手を回してんだよ。あの、馬鹿親父!!

 

さりげなく、新一の腰にあるのは快斗の腕で。

周りの保護者もチラチラと横目で見ている。

その表情は仲のいい御夫婦。といった好意的な物なのだが。

「おい、黒羽。席に着け。」

「あ、はい。」

固まった悠斗がようやく席に戻ると、授業は再び再会された。

 

 

 

 

 

それから数十分、暇な授業は続く。

悠斗が寝るのも仕方がないよな。

新一はそう思いながら、欠伸を必死に耐える。

 

眠い・・・・

 

「新一。」

快斗は必死に眠さを耐えている新一がかわいいなぁ、と思いながらそっと耳元で呟いた。

その声に予想通り新一は顔を快斗の方に向ける?

ん?と小首を傾げて、見上げる姿は言葉に表現できないほど魅力的で、

加えてハイネックの隙間から見える白い首筋にそそられ抱きしめたい衝動にかられたが

快斗は必死にそれを抑えた。

 

「涙。」

「あ、欠伸したからか。」

 

授業に差し支えないほど小さな声で会話する。

お互いの耳元に吐息がかかり、新一は少しだけくすぐったそうにしていた。

 

手で目尻にたまった液体を拭おうとした新一を見て、

快斗はちょっとしたイタズラを思いつく。

腰に回した手とは反対の手で目元まで上げられた新一の手を掴んだ。

「俺がふいてあげるよ。」

「は?」

 

ペロリ

 

ガチャーーーン

悠斗は凄まじい音に眠りかけていた意識を呼び戻される。

何だよ、と前を見れば腰を抜かした数学教師。

その視線は保護者に向けられていて、他の生徒や父兄もある一点に視線が集中していた。

嫌な予感がして、悠斗はゆっくりと振り返る。

そこには顔を真っ赤にした新一としたり顔の快斗。

 

「く、黒羽のご両親は仲がいいんだな。」

倒れた教卓を元に戻して、数学教師はハハハとぎこちない笑みを浮かべる。

その顔が若干赤いのは気のせいではないだろう。

後ろに並んでいる保護者の顔も同じように赤いのだし。

悠斗は、いまいち状況がのみこめなかったが、

目の辺りに手を当てている新一の様子で直ぐに分かった。

そしてこんなときに探偵の勘は働いて欲しくないと切実に思う。

 

そう、悠斗の推理通り、快斗は新一の涙をペロリと舐めたのだ。

もちろん、それは生徒を見て授業している教師の視界にも入り、

先程からチラチラと見ていた父兄達にも目撃されたのだろう。

 

「ねぇ、黒羽君。何があったの?」

「いや、分からない。」

隣の席の女子に尋ねられて、悠斗はブルブルと頭をふった。

 

「先生、数学の授業、続けてください。」

にこやかな笑みで快斗が告げると、彼も本業を思い出したように

再び黒板にチョークを走らせる。

そこから、さらに授業が分かりにくくなったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

「あら、悠斗。どうしたの?」

「警告。父さんの動きに注意。」

「そう。分かったわ。」

 

2時間目が終了したのと同時に、悠斗は由梨にただそれだけを告げる。

 

「理科の授業で良かったわ。楽しみにしてて、お父さん。」

 

悠斗の疲れ切った背中を眺めながら由梨はクスッと笑みを浮かべると

実験室に入っていった。

 

 

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