日曜日の朝早く、黒羽家は今日も今日とて、騒がしかった。 新一はリビングのソファーに座って、 正面にいる蘭と哀から結婚式のプランについて説明を受ける。 だが、そんな話は新一にとって面倒な部類に入るものでもあり、 昨晩、おそくまで起きていたせいもあって瞼は重い。 そして、知らず知らずのうちに体は揺れはじめた。 〜永久花・2〜 「新一、新一、起きてる?」 「あ?わりぃ。」 新一が瞼をどうにかあげると、そこにはあきれ顔の2人。 哀は資料を軽く整えて、ため息をつく。 「工藤君、眠そうね。最近、夜、眠れないの?」 「いや、別にそういうわけじゃ。」 遅くまで調べ物をしているとは言えずに、新一は妥当な言葉を必死に探した。 2人を納得させることのできる言葉・・・。 「新一?」 「ら〜ん。心配しなくても良いわよ。多分マリッジブルーってやつでしょ?」 3人分の麦茶をもって、園子は“図星でしょ?”と得意げに新一を見る。 新一はそれになんの答えも返すことなく、園子の持ってきた麦茶を飲み干した。 それがその時、新一ができる唯一の行動だったから。 哀はそんな新一を見て、さらに表情をゆがめた。 蘭も園子の言葉など信じていないようで、新一?と再度声をかける。 いつからこんなにもポーカーフェイスが苦手になったのだろうか。 新一はジンと接触してからというもの、心のどこかで不安を感じていた。 “コナン”だったときももちろん不安は感じていたのだが、あのころはそれ以上に高揚が勝っていた気がする。 おそらく、一般的な言葉を使うならばまだ“若かった”のだろう。 快斗は離れた位置で新一の様子をうかがいながら、そろそろかな?と席を立つ。 そして、女性3人からジッと返答を待たれて困っている彼の傍へと近づいた。 新一は快斗が隣に来たのが分かると、ゆっくりと顔を上げて視線を合わせる。 快斗はそんな新一に優しく微笑むと、手を引いて席を立たせた。 「新一が寝不足なのは俺のせいなんだ。やっぱ、夫婦だし?」 「だから、答えられなかったのね。新一君。」 快斗の言葉に園子は顔を紅くして、恥ずかしそうに蘭の肩を叩く。 蘭も哀もとりあえず納得したのか、安心したようにため息をついた。 「ところでさ、ちょっと目を覚ますために散歩してきて良い?」 「黒羽君も睡眠不足?」 「まぁ、俺も眠いんだけど、新一も頭、寝てるみたいだし。借りてくね。」 快斗は微笑して、そのまま新一の手を取り部屋を出る。 まだ、朝の早い時間帯だし、体にそう、負担の掛かる暑さでもない。 哀は彼らを見送った後、外の様子を眺めて、ぼんやりとそんなことを思っていた。 「大丈夫?」 「なんか、ポーカーフェイスが苦手になったみたいだ。」 外に出て、あてもなく歩きながら、快斗は新一をのぞき込むようにして尋ねた。 それに対して新一は困ったように苦笑する。 完全な“平和ボケ” 昔、哀が同じように悩んでいたときは 普通に戻ったのだから良い傾向だと励ましたものだったのに、 いざ自分がそうなると、不安で押し潰されそうになる。 「俺も、哀ちゃんに言われたよ。ポーカーフェイス、苦手になったんじゃない?って。」 「快斗も?」 「うん。幸せで取り囲まれた生活をもう十数年送ってきたしね。 しょうがないとは思うんだけど、やっぱ不安だよ。」 「あの頃は、今考えると無謀だったよな。」 新一は坂道を登り終えた先にある見晴らしの良い場所から街を眺める。 快斗はその隣に並んで、新一を見た。 きっと、今の新一の瞳には街の風景など写ってはいないのだろう。 そう、思いながら。 「あっ。」 「どうかした?」 「ほら、下見て見ろよ。下。」 新一の視線が街から目下へと変わって、快斗もそれに合わせるように下を見る。 こんなところにあったのかと思えるほど小さな教会がそこにはひっそりとたたずんでいた その入り口付近には、楽しそうに話をする人々の姿。 「誰かの結婚式かな?」 「たぶんな。もうすぐ出て来るみたいだし。」 しばらくして、新一の読み通り、教会のてっぺんにある鐘が大きな音を立てた。 そして、白いドレスの花嫁とタキシードの花婿がよりそって扉から出てくる。 小さな花が舞い、2人は幸せそうに階段を下りた。 「綺麗だな。」 「新一にも似合うよ。きっと。」 やや、がっしりとした花婿の髪は茶色、 耳にはピアスでもつけているのか、キラキラと光っている。 それには、対照的に花嫁は綺麗な黒い髪だった。 ひどく、恥ずかしげにうつむいている様子から、シャイなのだろうと手に取れて分かる。 対照的な2人だけれど、いろいろな事を乗り越えて今日があるのだろう。 その顔は、どちらともこの上なく綺麗だ。 「由梨から聞いたよ。衣装が似合わないって思ったんだって?」 「そりゃ、普通そうだろ。今、何歳だと思ってるんだ?」 「大丈夫だよ。新一は綺麗だから。」 快斗の言葉に、新一は何か言い返そうと隣を見るが、 快斗はまだ目下で行われている挙式に視線が向いていたために、 新一は軽く息をついて、再び結婚式へと視線を向ける。 結婚式は最後の山場、ブーケ投げが行われようとしていた。 まだ結婚していないと思われる20代の女性が花嫁のまわりに集まって騒いでいる。 花嫁は後ろを向いて、思いっきり、ブーケを投げた。 ポスン 「へ?」 新一は手の中に先程、花嫁の手から放れたブーケがあることに気づき気の抜けた声を漏らす。 どうやら、風にうまく乗ってしまいここまで飛んできたらしい。 下にいる会場の人々も、唖然と上を見ていた。 「貰っとけば?」 「んなこと、できるか。」 隣でクスクスと笑う快斗に一喝して新一は手の中にあるブーケを投げ返そうとする。 だが、花嫁はそんな新一に首を大きく振った。 「あのっ。貴方にあげます。」 花嫁は精一杯、大きな声を出して、新一に投げ返さないようにと叫ぶ。 そのまわりにいた人々も、同じ意見らしく大きく頷いていた。 「でもっ。」 「貰って欲しいんです。若いお二人に。」 今度は花婿の方が、ニコリと笑ってとまどう新一に再度、貰うよう促す。 「若いお二人に・・・だって。」 「もう、30後半だぞ?」 笑い声をさらに増す快斗に新一は首を傾げながら言葉を付け加える。 年齢的にはどう考えても彼らよりは年上のはず。 それでも、彼らの目には、2人は若いカップルのように見えたのだろうか? 「貰っときなよ。新一。」 「そうだな。」 新一は手の中にある色とりどりの花によって創られたブーケをもう一度眺めると、 深々と頭をさげる。 それに、会場の人々から“お幸せに〜”と声援が返ってきて・・・・ 新一は真っ赤になった顔を隠すように、ブーケの中に埋めた。 何で、彼らに祝福されるのかそれは分からないけれど、悪き気分じゃない。 快斗はそんな新一の肩に手を回して、下にいる人々に手を振った。 主役を奪ってしまったようだが、当人達も同じように祝福してくれていて、 快斗は手を振りながら不思議な気分になる。 今まで、心を占めていた不安が晴れるような、そんな気分だ。 結婚式を行っていた人々が、次の会場に移動するのを見送って、快斗は又笑い出した。 人様の結婚式に飛び入り参加するなんて、そうそうあることではないのだし。 「あ〜おもしろかった。」 「快斗、ブーケはおまえの仕業だろ。」 「え?やっぱ分かった?」 「ここまで下から5メートル近くあるんだぞ。」 マジシャンの彼なら、きっと朝飯前の芸当だ。 新一は先程は気づかなかったが、ブーケにもワイヤーの切れのこりがあって。 よくよく考えてみれば、ここまで、飛ぶはずがないのだ。 「でもさ、新一の不安。消えたでしょ?」 「まぁな。」 誰かに祝福されるだけで、自信が出てくることもある。 不安ばかりため込んでちゃ、疲れるだけ。 「なぁ、新一。」 「ん?」 「気が早いけど、誓いのキスをもう一度しない?」 数十年前、子どもを授かったときにした、キスを。 「なんに対しての誓いだ?」 「そうだなぁ、やっぱ永遠の愛?」 「なら、しねぇ。」 「へ?」 スタスタと歩き始めた新一を快斗は慌てて追いかける。 新一が断る理由を模索しながら。 「どうかしたの?新一。」 「永遠は本番にとっておくんだよ。どうせ、全員の前でするつもりなんだろ?」 ピタリと足取りを止めて、新一は呆れたように言葉を綴る。 「だから、今は・・・・一瞬の誓いでいい。」 「そうだね。」 道路脇によって、2人はキスを交わす。 永遠の愛を誓うのではなく、今、この時の愛を誓うキスを。 |