そろそろ暑くるしくなったんだけど、結婚式前に切るのはまずいかな? 新一はそんなことを思いながら、鏡台の前で髪を乾かす。 ちなみに使っているドライヤーは、 由佳がどこからか買ってきたマイナスイオンのドライヤー。 “今はマイナスイオンなんて当たり前だけど、これは絶対効果有りって感じの使い心地なの。 おまけに、パワーも結構あるし、コンパクトサイズで手も疲れないしね。” と、力説して、部屋に置いていった。 確かに前の物よりも、断然軽く、使いやすいが・・・ 新一は、いまいちマイナスイオンの効果がいかほどか実感できずにいた。 一度、それを快斗に言ったら、“元が良いからだよ”と笑われた。 彼に言わせれば、新一の髪はマイナスイオンを使う必要がないほど上質だとか。 〜永久花・3〜 「なぁ、新一?」 「ん?」 ドライヤーの音が響く中、それでも快斗の声ははっきりと聞き取れた。 先にダブルベッドに入って雑誌を読んでいるのが、鏡越しにはっきりと分かる。 「そろそろ、発表しようかと思って。」 未だに快斗の視線は雑誌に向けられたまま。 新一は黙って彼の話の続きを待った。 「いいかな?」 「いいんじゃねぇの。」 カチリとドライヤーのスイッチを切って新一は振り返る。 鏡越しでない彼を見る。 快斗もまた、雑誌から顔を上げてこちらを見ていた。 新一はそれからゆっくりと立ち上がって、ベッドの隅に座った。 快斗はゆっくりと起きあがって、新一を引き寄せる。 新一がそれに逆らうことはなく、彼に導かれるまま体をあずけた。 「やっと、世間に発表できる。新一がおれのだって。」 「バーカ。あんまり派手にするなよ。」 「えっ?」 「文書とかを、送るんじゃねーの?」 新一が想像していたのは芸能人が、文書をテレビ局などにファックスで送る方法。 まぁ、派手付きの母、有希子は記者会見をパーティーほどに盛り上げてしまったが。 だが、それに反して快斗は別の形で世間に発表しようと思っていた。 というよりは、もう、明日、その予定で日取りをくんであるのだ。 「いや、ほら。これ見てなかった?」 「あ?」 快斗が見せたのは、雑誌に大々的に乗せてあるマジシャン黒羽の記事。 日頃は新聞紙やニュースしか見ない新一はそこに書いてある記事に目を通して唖然とする 見開き1ページに、でかでかと “世界的マジシャン黒羽と人気上昇中の若手マジシャンが共演!?”の見出し。 おそらく、後者は雅斗のことであろう。 快斗とは違って雅斗は全面的に名前などは公表していない。 だが、名など無くても、異名というものは必ず人気がつけば出てくる。 だから、雅斗はその時その時で様々な呼ばれ方をしていた。 「つまり、共演して発表するのか?」 「うん。雅斗もOKだったし。一度はやってみたかったから。」 雅斗の腕を身近で感じてみたい。 実際、快斗は本格的なステージに上がった雅斗のマジックを見たことがなかった。 理由は当人達の事なので新一には分からないが、 それなりのプライドがあるのだろうと思う。 それに、同じステージに立つとなれば、 今や世界の頂点に上り詰めた快斗に見劣りしないほどの実力が必要だ。 「そんな大舞台で発表ね・・・。」 「ダメ?」 「てか、日にち、明日だろ。」 新一は深くため息をついて、快斗の腕からフトンの中へと体を滑り込ませた。 「どうせ、ダメダっていってもやるしな。」 「それはお互い様でしょ。」 快斗は枕に広がった、新一の洗い立ての髪を、指に絡ませる。 サラサラと指を通る感触は、快斗のお気に入りで、よく寝る前はこうする癖があるのだ。 だからこそ、新一も止めることはない。まぁ、凄く眠たいときは別だが。 「そうだ、新一。さっき、髪の毛切ろうかなって思ってただろ。」 「あ?ああ。」 快斗は新一の髪の毛にそっとキスを落として名残惜しそうにその髪を離す。 そして、新一の隣へともぐりこむと、思い出したように声を上げた。 向かい合って見える新一の表情はどうして分かったんだ?そんな表情をしている。 「まったく何年夫婦してると思ってんの?」 快斗はコツンと額をぶつけてクスクスと笑った。 それに、新一が少しふてくされた顔になる。 快斗ほど、新一は快斗の心情の違いに気づかない。 それが、ずっと新一にとってコンプレックスに近い物となっていた。 まぁ、コンプレックスと言っても、 こんな風に快斗に言い当てられるときだけ現れる感情なのだが。 「こんどは、くだらないこと考えてる。」 「くだらなくねーよ。」 「新一は分かってくれてるよ。俺のこと。」 「・・・・。」 ニッコリと目の前で微笑まれて新一は少し目をそらした。 「俺、昔は不思議だったんだ。 ほら、テレビとかで夫が“あれとってくれ”って言うと、 奥さんがすぐに醤油とかソースとか取るじゃん?なんで分かるのかなぁって。」 「ああ、それは俺も思ってた。」 「でも、今ならそのわけが分かると思わない?」 「まぁ・・な。」 夫婦って言葉はなんとなくなじみが浅いけれど、そう言うところは一般的な家庭と一緒。 どんな場合の“あれ”であっても、きっとお互い何が必要なのかすぐに分かると思う。 「ショー・・・見に行かないから。」 「うん。」 「・・・見に行かないから。」 自己暗示のように新一は数回そう繰り返した。 そしてゆっくりと目を閉じる。 快斗の手が、しばらく自分の髪をとかすのを感じながら。 あとがき 少しは甘く書けた?かな? 次回は、少々シリアス風味。 |