「あっ、中継始まったみたい。」

土曜日の午後、雅斗を除く黒羽家のお子さま3人は、

帝丹高校の学食に設置されているテレビを見ていた。

 

〜永久花・5〜

 

夏休みに入ったばかりの土曜日であったが、

悠斗と由梨は全国模試の為に学校へと来ていた。

学校の名をあげるのに貴重な2人の模試への参加は毎回強制で、

授業には出なくて良いから模試には出ろと担任に言われたほど。

 

その模試の後、2人は食事ついでに午後から

中継のある快斗達のショーを見るという予定を組んだのは昨日。

家に帰っても、特にすることもないし

冷房代の節約にもなるから、が学食でテレビを見ようと思った主な理由らしい。

 

「で、なんで由佳姉が来てるんだ?」

「だって家に1人って暇だし。それに、帝丹の制服を着てみたかったんだもん。」

 

学食の定番、A定食に入っているサラダをおいしそうに口に運びながら、

由佳は満面の笑みを浮かべる。

そんな姉の姿に2人はもはや二の句を繋ぐことはできなかった。

 

テレビ中継を見ていたのは、他に5人。

帝丹高校2年生の男子の集団だ。

由梨はふと、視線をその集団へと向けた。

あの4人は、確か校内で先生が1番手をやいているグループ。

担任が以前、グループのリーダ格の生徒には敵わない・・と漏らしていた気がする。

 

「由梨って金髪がタイプ?」

「何言ってるの。」

「だって、あそこにいる金髪君を見てるじゃない。」

 

由佳はテレビに視線を向けたまま楽しそうに微笑む。

それに対して由梨はまったく動じることなく軽く言葉を吐き捨てた。

 

「冗談言わないで。」

「そう?まぁ、あれはヤバイ人間だから安心したけど。」

「根拠は?」

「裏の仕事に関わっている私の勘よ。」

 

由梨は由佳の言葉の意味を解すると、軽くため息をつく。

そして、視線を再びブラウン管へと戻し、ステージに中継が入るのを待つのだった。

 

 

『ここは本日、あの日本を代表するマジシャン2人が、ショーを行うことになっている

 ビリオンズ会場です。今日は2人のマジシャンから重大な発表があるそうで、

 私たち、報道陣がこの場にお呼ばれしたわけですが・・・。

 この件について日本マジシャン協会の会長にお話しを伺いたいと思います。』

 

ショートカットのさわやかな女性キャスターが、白髪交じりの男性を紹介する。

マジシャン研究会なんてあったんだ。そう思いながら、3人は彼の話に耳を傾けた。

 

『報道陣までお呼びした点をふまえますと、おそらく今後2人で何か企画を行うかと

 思われます。そうなれば、日本のマジシックが世界を圧倒することになるでしょう。

 わたくし会長としても今回の件に関しては鼻が高いです。』

「なるほど。その企画はどのような事だと思われますか?」

『予想がつきませんな。』

 

マジシャン協会会長の見当はずれな予想に、由佳は思わず飲みかけの麦茶を吹き出す。

そして、腹をおさえて笑いはじめた。

 

「ちょっと、由佳姉。」

「だっ、だって。マジで面白いんだもん。あのおじさん。あんな自信満々にさ。」

「でも、今の状況ならあのくらいの予想が妥当だと思うぜ。」

 

悠斗は由佳がテーブルをバンバンと叩いて爆笑する姿に冷ややかな視線を向けた。

我が姉ながら、公共の場でこのような羞恥をさらすとは・・・。

ここにいるのは学生5人なのが唯一の救いだ、と、悠斗は思わずにはいられない。

その思いは由梨も同じようで、隣で深くため息をついている。

 

「由佳姉。報道陣、そろそろ会場に入るみたいよ。」

「あっ、本当だ。しっかり見なきゃね。」

 

由佳は楽しそうに画面を見つめるが、その眼差しはどこか寂しそうだと2人は感じる。

最近、由佳はめっきりマジックをしなくなった。

まるで、マジックを封印したように。

本来ならあの場に由佳がいたとしても何の不思議はない。

いや、むしろ数年前まではそうなることを知人の誰もが予想していた。

だが、高校に上がると同時に由佳はマジックを完全に止めてしまう。

その理由は未だに分からないが。

 

「失敗したらあとでからかってやらなきゃ。」

 

2人の気持ちを感じたのか無理に場を盛り上げようとする由佳の言葉に

悠斗はどうして止めたのかと聞かずに入られなかった。

例えそれを由佳が聞いて欲しくないと思っていたとしても。

 

「なぁ、由佳姉。」

「答えないわよ、その質問には。まだ、話す時期じゃないの。」

 

由佳の強い視線が悠斗を貫く。

その表情には完全な拒絶がありありと出ていた。

これ以上はもう立ち入ってはならない領域。

それは、話を隣で聞いていた由梨にもはっきりと分かった。

外的が巣の傍に近づいて来たときの鳥のように、牙をむける寸前の狼のように

由佳の瞳は冷たい炎を宿している。

 

「・・・・ごめん。でも分かって。」

「ああ。俺も聞いて悪かった。」

「2人とも、始まるわよ。」

 

重くなった空気を一層するように、テレビ画面からドラムの音が響いていた。

 

 

+++++++++++++++

 

 

会場に響くすさまじい声援を全身に感じて、2人はステージへと上がった。

報道陣のテレビは一階のステージそでにスタンバイしている。

雅斗はしばらく目を閉じて、ステージ独特の緊張感を楽しんだ。

この瞬間がたまらなく楽しい。

緊張と不安と興奮の混じり合った感情だけが全身を支配する。

 

 

「「Lady and gentlemen !! It is show time!!」」

 

 

ピッタリと息のあった声が会場中に響く。

そしてその声と同時に光のイルミネーションが天井を星空へと変えた。

それは、一種のプラネタリュウム。満天の星空に人々は言葉を失う。

 

 

「今日はわたくしたちのショーへ足をお運びいただきましてありがとうござます。」

 

快斗が優雅に一礼すると、空からキラキラと光る物体がふってくる。

そしてそれは、観客の手のひらで小さな金平糖へと変わった。

 

「本物の星は無理なので、せめてもの気持ちです。」

「それでは、早速マジックに・・・と行きたい所なんですが

 今日は皆様に重要なお知らせがあるんです。」

 

今度は雅斗が手に黒塗りのステッキを出現させて、それを上にと放り投げる。

そのステッキはパンッと小さな音を立てて破裂した。

その破裂と共に、煙幕がステージを包む。

報道陣のカメラは、その煙幕が張れるタイミングを逃さぬようにと

いっせいにレンズをズームさせる。

そして、その煙が晴れたとき・・・・ステージ上にはモノクルを外した青年の姿があった。

 

 

 

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