遠巻きに数を増やしつつある、やじうま。 心配そうな顔で見つめる、顔なじみの刑事。 そして、後ろで怯える女。 新一は血の滴る左肩を右手で押さえながら、辺りの状況を把握すると 目の前で銃口を突きつける男に視線を戻した。 〜永久花・8〜 「大丈夫っ?」 「ただのかすり傷ですよ。」 顔なじみの刑事の1人、佐藤が拡声器を使って新一に声をかけた。 “犯人を刺激するから止めろ”とまわりに止められているのにも関わらず、 新一のことがよほど心配なのだろう。佐藤刑事は拡声器を彼らに返そうとはしない。 男もそんな女刑事の行動を気にしているようには見えなかった。 どちらかというと、世話になった探偵に怪我を負わせたと言うことに 引け目を感じている表情だ。 だが、こうなってしまっては後には引けない。 きっと、それが今の彼の心情だろう。 新一は佐藤刑事に笑顔を向けると、男をどう説得するか思考を巡らせる。 自分を打ったことに罪悪感を感じているだけで、まだ手の施しようはある。 いや、正確に述べるなら、そう思いたい。 「佐藤刑事。お願いがあるんですが。」 新一の言葉に、男がピクリと反応を示した。 まさか、自分に危害を加えるのではないだろうか? 男はそんな怯えきった視線を新一に向ける。 おびえを含んだ表情に変わったのに気がついて、新一はゆっくりと首を振った。 “あんたが不利になるようなことじゃない”そんな意味を込めて。 「あいつが邪魔しないように、なだめてきてください。」 「・・・・分かったわ。」 周囲の者達には通じない言葉も、佐藤にはしっかりと届いたらしい。 彼女は大きく頷いて、急いで会場の方へと向かう。 その光景を満足げな笑みと共に見送って、新一は再び男を見据えた。 これからが、専念場だと休息を求める体に言い聞かせながら。 多くのやじうまの間を縫って、佐藤はどうにか会場の入り口まで到着した。 固く閉ざされたガラス張りの自動ドアを開けるように 中にいる女性スッタフに告げる。 彼女は少々ためらいながらも、佐藤が示した警察手帳に納得しながら その入り口を開いた。 正面から中へとはいってすぐに視界を埋め尽くしたのは、大きな、らせん階段。 金の手すりに赤のじゅうたんが引かれ、 まるでその場だけ中世の貴族の館のような雰囲気を醸しだしている。 この建物は改装工事を数回行っているのだが、 このらせん階段だけは、壊されることはなかった。 噂によると、その階段を壊そうとした業者の者達は原因不明の病で死んだとか。 佐藤は、先日交通課の由美から教えて貰った情報を思い起こして頭を軽く振る。 今、考えなくてはならないのは、黒羽快斗に早く会うことだけだ。 らせん階段の横を通り過ぎ、ステージ袖に繋がりそうな通路をようやく見つける。 表側とはうって変わって、直線の廊下に一定間隔で 観葉植物が備え付けてある簡素な造りだ。 照明も一段階落としてあることから、よほど経営には苦労しているのだろう。 「今回は、彼らを呼べたから黒字でしょうけど。」 佐藤はそう漏らすと、廊下を全力で走り抜ける。 カツンカツンとヒールの音が人気のない廊下によく響いていた。 直線の廊下が横に曲がったところで、 佐藤はまだステージ衣装のままの彼らを視界へおさめる。 「快斗君、雅斗君。」 少し乱れた呼吸を整えながら、走っている快斗と雅斗を呼び止めた。 「新一に何かあったんですか?」 “どうしてここに来るのか”ではなく、的を射た簡潔な質問に 佐藤は軽くため息をつく。 全てを見通しているその判断力には警察の中で最も腕のいい佐藤でさえ完敗だ。 「人質にとられているのは彼女よ。その様子だと、予想はしていたみたいね。」 「で、新一は。」 「軽いかすり傷程度の怪我。うまく、避けたみたいね。でも・・・。」 佐藤はそこまで告げて、先に続く言葉を押し黙った。 新一が怪我以外にどこか苦しそうだったとここで告げるべきなのだろうか? もし、その言葉が発破剤となって快斗がキレたなら佐藤は彼を止める自信はない。 「新一の様子がおかしいんですね。」 疑問ではなく、確信の言葉。 まったく敵に回したくないタイプの人間だ。 佐藤は快斗の言葉に力無く微笑んでみせる。 「ええ。」 「で、俺をなだめにこの場にきた・・・。」 「そう、貴方の言うとおり。工藤君たってのご希望なのよ。」 汗でしめった前髪を掻き上げて、佐藤は困ったように肩をすくめる。 雅斗はその2人のやり取りを遠目で観察しながら、 内ポケットに忍ばせてある携帯電話を手に取った。 「父さん、先に行って。俺は哀姉に電話するから。」 「ああ、じゃあ、行きましょう。佐藤刑事。」 「約束は守って頂戴ね。」 「状況次第・・・・って、そんな怖い顔で見ないでください。」 「私は彼の望みはなんでも聞き入れたいのよ。」 「分かってます。俺だって新一に嫌われたくはない。 でも、状況次第という言葉は取り消せません。 警察に嘘をつくのも悪いでしょうし。」 そう苦笑しながら悪態をついて快斗は走り出した。 佐藤はその後を追いながら、足下のヒールを睨み付ける。 どうせなら、もっと走りやすい靴でも履いてこればよかった・・・と。 哀の自宅にかけても繋がらない電話。 雅斗はその状況に首を傾げながらも、今度は携帯電話のナンバーを小刻みに指で押した。 だが、電話に出たのは哀ではなく、同じ言葉を繰り返す均質の声の女性。 「哀姉、また、携帯の電源切ってるのか?」 ほとんど自宅で研究をする事の多い彼女は、携帯電話を持ち歩きはしても、 電源は切ったままのことが多かった。 まぁ、それで困ったことはなかったのであえてその事に口は出さなかったが・・・。 「今度会ったら、絶対文句を言ってやる。」 雅斗は携帯電話を内ポケットに乱暴に突っ込むと先に外に出ていった2人を追う。 ようやく追いついたマネージャーが何かを叫んでいたが、 雅斗がそれを気にとめることは無かった。 あとがき さぁ、次回はちょっとした見所? |