「どうしてこうなったんだ。」

快斗の高校の元担任、大川俊二は夏休みであるにもかかわらず

使用されている会議室を見つめたままそう言葉を漏らした。

 

〜永久花・17〜

 

「まぁまぁ、あんまり気にしたらはげるよ。」

「黒羽・・俺は今年の3月にやっとお前から解放されたと思ってたんだぞ・・。

 その矢先にこれは何かの当てつけか。だいたい、今日は幸恵と・・・。」

「母さん抜きの極秘会議だからね。ばれない場所で最適なのはここしかないんだよ。」

 

あっけらかんとした口調の雅斗を大川はジトリと睨む。

 

一昨日に彼があの若手マジシャンだったという大々的な発表を見たばかりだが、

やはり大川にはこの黒羽雅斗は、一流マジシャンよりも卒業生の問題児にしか映らない。

その発表で変わったと言えば、

卒業後の進路を聞いたとき、フリーターなどと言っていたのはこのためだったのか、

とせいぜい納得した程度なのだ。

 

「来年は成人だろ。」

「まぁ、そうなるかな。父さん達はこの年齢で結婚したし、俺もいい人見つけないとね。

 大川ちゃんも、幸恵さんとそろそろ式でもあげるんでしょ?」

「・・・俺のことはいい。

 ところで、黒羽、あれだけの発表をした後もお前の近隣は静かなのか?」

 

大川の問いかけに、雅斗はクスッと笑みを漏らした。

確かにあの発表以来、マスコミ各社は黒羽快斗の妻が誰なのか必死に探っている。

だが、昨日は黒羽親子のことよりも、刑務所で被疑者が殺された事件が

一面を飾ったために、その事が大々的にニュースになることはなかった。

だからこそ、本格的な調査はおそらく今日辺りから。

 

「オレ達にはいろいろとバックがついてるから、まぁ、静かなんだよ。」

「そうか。なら、いいが。弟や妹もまだ学生だから騒ぎになったら面倒だろうと・・。」

「心配してくれたんだ?」

「一応、卒業しても生徒だからな。」

 

大川はそう言うと会議室へと入ていった。

実を言うと先程から何についての話し合いなのか気になっていたのだ。

時々、ちょっとした声があがっているが、外からはその内容が聞こえない。

 

 

ガラガラと今の時代には珍しい木製の扉が開く。

 

 

「あっ、先生。無理言ってすみませんでした。」

「黒羽さん、そのそれは良いんですが・・。いったい何の話し合いで?」

 

黒板で動くチョークの手がピタリと止まり、快斗は会釈する。

大川もそれに軽く頭を上げて、さっそく疑問をぶつけてみた。

チラリと教室を見渡すと、十数人の人々が周りにいる。

それはどこかで見かけた顔のような、そうではないような。

 

「結婚式の話し合いですよ。大川先生のご参考にもなると思いますけど?

 9月に挙式ですってね。」

「ええ、まぁ。って、ええーーーー!!!な、なんで・・・。」

 

隣に座っている女性がにこやかな笑みとともに、口にしたのは

まだ誰にも告げていないはずの自分自身の結婚式の日取り。

大声を上げた彼に、数名がクスクスと笑い出した。

まったく、黒羽雅斗も問題児だったが、彼の知り合いも一癖二癖もある人間のようだ。

ここに常識は存在しないらしい。大川は改めてそう感じた。

 

「初めまして、灰原哀です。大川先生の話はよく聞いてます。」

「ああ、どうも。あの、皆さんはどういったご関係で?」

 

大川はゴホンっと咳払いをすると、恐る恐ると言った感じで哀に尋ねる。

どう見ても、大川のほうが年上なのだが、

彼自身、彼女には下手にでたほうがいいと、本能的に感じたらしい。

 

「ちょっとした親戚みたいなものよ。」

「なるほど。」

大川は納得すると、後ろの席へすごすごと下がった。

 

とりあえず結婚式のことなら参考になるし、

今日の埋め合わせに幸恵にも話し合いで出た良い意見を教えればいいか。

 

そんな事を思いながら彼は、黒板に書かれた字を見る。

白、ピンク、青、碧、そこに書かれているのは様々な色?

 

「えっと、それじゃあ、今回はお色直しは一回ってことでOK?」

「そうね。ハワイはごく親しい人達だけでするから。」

 

快斗の提案に蘭は同意の返事を示した。

だが、この話し合いのためにわざわざ日本にやってきた有希子は‘う〜ん’と少し不満気味だ。

 

「この際だから新ちゃんにいろいろ着て欲しいんだけどねぇ。私としては。」

「そやなぁ、うちもちょっと残念かも。」

 

有希子の言葉に和葉は同意を示す。

よくよく見れば、何度も黒板には消された後があった。

そして、置いてある黒板消しも夏休み前に大掃除で綺麗にしたはずなのに

すっかり白く染まっている。

おそらく、先程からこれの繰り返しだったのだろう。

 

「そう言っても、時間的にみんな忙しいのだし、

 もう一度、日本で披露宴だけでもすればいいじゃない。

 その時に有無言わさず、着てもらえばいいと思うわ。」

 

全く、新一自身の意見など全く無視の話し合いである。

もし、彼がここに居たのならばキレて、手のつけられない状況になっていただろう。

誰もが内心そう感じながらも紅子の妥協案に、一同は大きく頷いた。

 

 

大川自身、この挙式に参加できるとは思っていないが、

それでもあの美人な奥さんのウエディングドレスなら見てみたいと思う。

 

「なんや、先生。顔、にやけてるで。」

 

前に座っていた青年が大川を見て笑っていた。

見たことのある制服・・・帝丹高校だろうか。

 

「べ、別ににやけてはいないぞ。」

「そか?てっきり由希さんのウエディング想像してるんかと思ったわ。」

 

青年のちょっとした一言。

そう、彼にはなんの悪気もなかったのだろう。

だけど・・・・

 

「あ、あの。皆さん?」

 

一斉に鋭い視線が大川に集まった。それはまるで光の焦点のように。

まぁ、ここで大川を焦点とするなら光を集める鏡はおおかたあの発言をした葉平になるが。

 

「葉平、あんた余計なこと言うたらあかん。先生、固まってるやないの。」

 

和葉は事態を察してゴツンと葉平の頭を殴りつける。

イテッっと彼は頭を抑える姿は高校生の彼には少し幼くも感じられた。

 

「んなこと言うたって。なぁ。」

葉平は打たれた頭を抑えながら、涙目で大川に同意を求める。

だが、大川はそれに慌てたように頭をブンブンと振った。

 

「ち、違います。決して変なことを考えてません。

 ただ、披露宴にお二人の幸せなお顔を拝見したいと思っていただけです。」

「そうだったんですか。もちろん、大川先生も披露宴にはお呼びしますから。

 ただ、昔、妻が大川先生みたいな人もタイプなんて言ってたんで。」

 

“気になっていたんですよ。”そう付け加えて微笑する快斗だが、

瞳が笑っていないことぐらい、鈍い大川にも分かった。

そして、今更ながらあの三者面談の時に雅斗が怖がっていた理由も分かった気がする。

 

「あ、あのところで、どうして今日は奥様抜きなんですか?」

「ああ、雅斗に聞いたんですね。

 理由を強いて挙げるなら・・・彼女がいたら話が進まないから。」

「へぇ、そういうものなんですか。」

 

今でも十分進んでいない気がするが。大川はその言葉を飲み込んで、

しみじみといった感じで、首を大きく縦に振った。

 

「やっぱり注文が多くなるんでしょうね。」

「その逆よ。お母さんの場合は、面倒だ、そんな服、嫌だの一点張りで、

 何も決められないから。」

 

先程振り返った青年のさらに前の席に座る少女。

カラスの濡れ羽色のような綺麗な髪を自由にあそばせて、呆れた表情でこちらを見ていた。

もちろん、その表情は話し相手である大川に向けられた物ではないが。

 

「えっと、黒羽の妹さん?」

「遺伝上はそうなるかしら。」

「・・・はは。それじゃあ、奥様はご自宅に?」

「いや、俺の母に誘拐されてますよ。」

 

快斗はそう言って苦笑するとポリポリと頬をかきながら、再び教卓の前に立った。

そして又、繰り返される結婚式の予定政策。

 

大川もまた、大事なアイディアを聞き漏らさないように

胸元のポケットからメモ帳を取り出した。

 

 

+++++++++++++++

 

「それにしても、楽しみね。快斗と新一君の結婚式。」

「はい。」

「もっと砕けて話しましょう。ほら、今、テレビでよくあるじゃない。

 友達親子?って言うんだっけ。」

 

私達、そう見えるんじゃない?そう言って快斗の母は嬉しそうにほほえんだ。

 

 

快斗達がそろってどこかに出かけた後、嵐のように自宅に走り込んできたのは、快斗のお母さん。小さなショルダーバックを片手に、『出かけましょう!!』と強引に新一を連れだした。

 

そう言うところは親子そっくりだ、と思わずそれを口にしたら、

快斗と同じような表情でふくれていた。

 

あんな道楽息子と一緒にしないで・・・と。

 

 

「ところで、今日はどこに行くんですか?」

 

「知り合いにウエディングドレスのお店を持っている子がいてね、

 新作のドレスのモデルが必要なんですって。

 ほら、今度の結婚式の参考にもなると思って。嫌だったかしら?」

 

モデル・・・その単語に新一は目をまるくする。

外に出るので、買い物かなにかかと思っていたが、どうやら予感は外れたらしい。

 

どうしようか?と迷っている時間など無かった。

気が付けば快斗の母は不安げに見上げている。

その表情に、新一は“やります”とはっきり返事を返した。

おそらく、もうモデルを引き受けると友人には伝えているのだろうし。

 

「助かったわ。もうすぐ見えてくるわよ。ほら、あれあれっ。」

 

少女のようにはしゃぐ彼女に新一も自然と笑顔になっていくのが彼自身、感じられた。

快斗の基は間違いなく彼女の中にあると思えるほど、その雰囲気は暖かく心地良い。

 

 

 

 

街はずれの静かな通りにその店はあった。

知る人ぞしる魅惑の店。

そう銘打って雑誌で取り上げられたそうで、

今では客足も絶えないと隣で快斗の母親は説明してくれた。

 

外装はパリの街並みを思わせる、洒落た造りになっていて、

女性が入りやすいように窓も大きめだ。

中には数名の若い女性が居るのが見えて、彼女たちの表情は幸せそうに見えた。

 

「いらっしゃいませ、あっ、黒羽先生。」

「お久しぶりね、真代(まさよ)ちゃん。」

 

店の奥から顔を出したのは若い女性だった。

花柄のワンピースにカーディガンを羽織り、髪はウェーブがかった茶色のセミロング。

 

「彼女、三浦真代さん。私が趣味でやってる料理教室の生徒さんだったの。

 で、こちらは息子の嫁の由希さん。今回のモデルね。」

「三浦真代です。」

 

ニッコリと微笑む彼女に新一も軽く頭を下げた。

 

「じゃあ、さっそく由希ちゃん、一緒に来てください。」

「真代ちゃん、由希さんは年上よ。」

「えっ!?うっそ。20代じゃないんですか?」

 

強引にひっぱっていこうとする真代に快斗の母親は困ったように声をかける。

真代はその言葉に驚いたような表情で新一をまじまじと見つめた。

 

「これでも、19歳の息子がいるんです。」

「本当ですか!?やだっ、ごめんなさい。あんまりにもお綺麗だから。

 そうよね、先生の息子さん、私より5つ年上だって聞いたし。」

 

やだぁ、と真代は頬を紅くした。

自分の失態に今更ながら後悔しているのだろう。

新一はそんな彼女に苦笑しながら、気にしていませんよと声をかける。

 

「ごめんなさい。でも、モデルはやってもらいますよ。

 こんな美人さんめったに見つかりませんから。

 それじゃあ、先生、お嫁さんお借りしますねっ。」

「頑張ってね、新・・じゃない由希ちゃん。

 彼女、綺麗な人見るとなんでも着せたがる人間だから。」

「え!?」

 

こうして新一はドレスの試着のために

半ば引っ張られる形で店の奥へと連れて行かれたのだった。

 

 

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