「へぇ、裏ってこうなってるんですか。」 「結構広いでしょ。でも、こんなに遅く挙式なんて、珍しいですね。」 「ええ、いろいろあって。」 苦笑いする新一に真代は“また失言っ”とすまなさそうに頭をかく。 おっちょこちょいの女性だということが、なんとなく雰囲気から感じ取れた。 〜永久花・18〜 新一を中央の化粧台の前に座らせて、真代はさっそくイメージをふくらませるために 新一の顔を様々な角度から観察しはじめた。 店の中にスタッフは3名。だが、お客さんが多いためか全て出払っているようだ。 「全部、お一人で?」 「ええ、カメラマンは旦那ですけどね。写真館も別の店でやってるんですよ。 それに、息子も何かと手伝ってくれて・・・あっ、来た来た。 洋介(ようすけ)彼女が今回のモデルの由希さんよ。ご挨拶して。」 ガチャリと開いた扉の先に、小柄の少年が立っていて 大きなランドサックを手に持って不思議そうにこちらを暫く眺めていた。 だけど、母親に名前を呼ばれた途端、嬉しそうに少年は微笑むとトテトテと近寄ってくる。 「ただいま、お母さん。こんにちは、お姉さん。」 頭を一度下げてから、ニカッと笑う少年、洋介の表情はひどく明るく、 それは幼いときの雅斗を新一に思い起こさせた。 最近は少年犯罪や学級崩壊などの問題が浮上している時期だけに、 こんな笑顔を見ると日本の将来も棄てた物じゃないなと思えてくる。 「小学校5年生なんですけど、洋服のセンスは凄いんです。 その人に一番似合うドレスを選んでくれて。あっ、なんか親ばかですねこれじゃあ。」 「お母さん、じゃあ、ドレス選んでくるね。」 「あら、もう決まったの。早いわね。」 「うん。お姉さん綺麗だからすぐにピンときたんだ。」 洋介はパタパタと大きめのスリッパをうまく履きこなしながら、 奥の部屋へと消えていった。 「良い子ですね。お母さんのお手伝いをして。」 「ええ・・・私たちの宝なんですよ。」 真代はそう言って洋介が入っていた部屋の扉を食い入るように見つめる。 そんな視線で我が子を見つめる真代の気持ちを新一は痛いほど理解できた。 なんせ、自分も子どもを4人もつ母親だ。 子どものためならきっと何だってできる。 今回の事件も含めて・・・・。 『・・・・・昨晩から行方不明の女性の足取りは未だつかめていません。 家族の話によると、彼女は結婚を控えており、失踪する原因はあり得ないと 警察は今までの事件との関連を調べています・・』 2人がそれぞれの思考に没頭していたとき つけっぱなしの奥のテレビから気になる話が飛び込んできた。 「あら、また、誘拐事件?」 その報道内容に真代は物騒だわと身を震わせる。 数週間前から、連続的におこっている誘拐事件。 これまでに若い女性10人が誘拐されて、そのいずれも発見するどころか 物品の一つも見つかっていない状況だった。 彼女たちに共通点は全くなく、警察もお手上げの状況だと、 今朝のニュースで取り上げられていた気がする。 確か、誘拐された女性達の共通点は・・・・ 「やだっ!!この人。」 「どうかしたんですか。」 思考に没頭していた新一は突然発せられた真代の驚いた声に顔を上げる。 彼女はテレビに駆け寄ると、腰を抜かしたように座り込んでいた。 「この女性、先日、ウエディングドレスを見繕ったお客様なんです。 どうして、彼女がっ。」 「真代さん?」 新一は立ち上がって、彼女に駆け寄る。 まるで発作か何かかのように錯乱した彼女の様子は尋常ではない。 「どうして?あんなに幸せそうな人を、誰よっ、こんなことするのわ。誰なのよっ。」 「真代さんっ。」 お客様の誘拐に対してこの反応は普通ではなかった。 そこまで思い入れのある客だったのだろうか? 新一はとりあえず頭をかき回す彼女の手を押さえる。 「ああ!!どうしてっ。」 「真代さん、真代さんっ。」 新一に手を捕まれてもなお、嗚咽を発する彼女。 そんな彼女の錯乱を一瞬にして消し去ったのは、他でもない息子の声だった。 「お母さん、大丈夫?」 小さな体にシンプルな純白のドレスを持った洋介は心配そうに真代に駆け寄ると、 まるで子どもをあやすような仕草で彼女の頭を撫でた。 小さな身長を思いっきり伸ばして件名に慰めようと奮闘する息子を 真代は思いきり抱きしめる。 「何でもないわ。ゴメンネ、心配掛けて。」 「それより、ドレス・・。」 「ああ、そうね。お仕事しなきゃ。」 顔を上げた真代の瞳にもう涙の痕跡さえ存在しなかった。 まるで先程の錯乱した彼女とは別人であるかのように。 新一は目の前で繰り広げられた光景に一種の不気味さを感じる。 一見すれば、親子愛ともとれなくないが・・・・。 何かが彼らの場合違う気がした。普通の親子とは。 「あら、これ一番シンプルなドレスね。」 真代は洋介から純白のドレスを受け取り満足げに眺める。 「由希さん、綺麗だから。あんまり取り繕わない方がいいと思ったんだ。」 「そうね、じゃあ、さっそく着てみましょう。ちょっと待っててください。 下に着る物を持ってきますから。」 真代はそう告げると何事もなかったかのように急いで部屋を出ていった。 新一は彼女がいなくなったのを確認して、目の前でテレビを見ている少年を観察する。 ブラウン管には被害者の顔写真が並んでいた。 子どもが見るような番組ではないが、 悠斗や由梨もこのような事件ニュースは好んで魅入っていたから、 別におかしいことは無い。 やはり、先程感じた不自然さは、母親の精神的問題なのか? 新一は後で彼女のことは快斗の母親に聞いてみようという結論に達し、 傍にあった雑誌をめくった。 その後、真代が部屋に戻ってくると 衣装に着替えて、メイクや髪型などのセットを行い、新一は部屋から外に出される。 通された部屋には待合い席のような空間があり、 そこでは快斗の母が窓の外を眺めていた。 「黒羽先生。お嬢さん、綺麗に仕上がりましたよ。」 「まぁ・・・・。」 彼女は窓の外から新一に視線を合わせると、口を開けて呆然と立ちつくした。 新一はそんな快斗の母の様子に、どこか変なのだろうかと、 心配げにとなりに立つ真代を見る。 真代はそれにウィンクをして、ニコリと微笑んだ。 「先生、由希さん、不安がってますよ。いつまでも見とれていないでください。」 「あっ、ごめんね。あんまりにも綺麗だったから。」 「素材が最高級なのでやりがいがありましたよ。 と言っても、化粧はほとんどしていないんですけどね。」 こんなに綺麗な肌に化学成分を塗りつけることなんてできませんよ。 真代はそう言うと、全身が映る鏡の前に新一を立たせる。 髪は緩やかなウェーブが施してあり、体のラインがはっきりと分かる シルクの純白ドレスを身に纏っている。 そしてさらに、細かい刺繍の施されたベールはとても清楚なイメージを与えた。 耳元にはシンプルなアメジストのピアス、首もとには上品な輝きを放つダイア。 まさに、美の女神ビーナスを思い起こさせるような、姿だ。 「良かったわ、快斗を連れてこなくて。」 「何でですか?先生。こんなに美しい花嫁さん、花婿さんに見せなくて良いんですか?」 「あのこ、包装紙はビリビリ破いちゃうタイプだし、 こんな由希ちゃん見たら理性なんて総動員しても欲望には勝てないわよ。」 「なるほどっ。それはそうですね。」 「ちょっ、何を言ってるんですか。」 新一は後ろでニヤニヤと笑って自分を見る、 快斗の母と真代に顔を真っ赤にして反論する。 確かに快斗ならそうするかもしれないけけど・・・てそうじゃなくて ああ、落ち着け。俺っ。 「慌てちゃってかわいい♪ もう、本当に由希ちゃんにうちの馬鹿息子はもったいないくらいね。」 快斗の母はそう言いながら、新一の右手をとり、薬指に指輪をはめる。 新一はその指輪を見て一気に冷静さを取り戻したと同時に 不思議そうな表情で快斗の母を見つめた。 「これ・・・。」 「あなた達が何をしているのか知らないけど、お守りよ。 主人が私にくれた最期のプレゼント。 結婚式の指輪の交換の時に新一君が私に返してくれればいいわ。」 そっと新一の耳元でそう告げると、彼女は真代の方に行き雑談をはじめる。 新一は唖然としてその指輪を眺めた。 小さな宝石が散りばめられた指輪。 その一つ一つの輝きはとても儚いけれど、集合体となって上品な輝きを醸しだしていた。 快斗の父、そして初代KIDである盗一はどんな思いでこれを彼女に贈ったのかは分からない。 だけれど、それはどんなお守りよりも効き目が期待できる気がした。 にしても、快斗の母さんは気が付いてるんだな。 自分たちが危ないことをすることに。 そう言えば、快斗と(正確にはKIDと)組織を潰しに言ったときも、 彼が困ったように口にしたのを覚えている。 『母親に感づかれている気がするんですよ。』 言葉と共に彼が見せてくれたのは、小さな宝石の欠片。 これが朝、机の上に置いてあったというのだ。 凄いな、やっぱ。 見送る強さを快斗の母は持っていると思った。 それに何度も後悔しただろうけど、 相手の事を想い、そしてそれによって自分が傷つくことなど恐れていない心情は、 新一にはとうてい真似できない。 きっと、KIDのことも全て知っているのだろう。 黒羽盗一よりも、快斗よりも、ポーカーフェイスの達人は彼女だ。 新一はにこやかな表情で会話を弾ませる彼女の横顔をそっと見つめた。 「それじゃ、写真、とりにいきましょうか。」 会話が一通りすんだのか、真代がこちらをみてにっこりと微笑んだ。 新一が軽く頷くと、洋介がどこからか出てきて、車庫に続く扉を開ける。 そしてそこに止まっているワゴンカーに2人を誘導した。 「良い子ね、洋介君。もう、こんなに大きくなって。」 「おばちゃん、誰?」 「ちょっと、洋介。おばちゃんは失礼でしょ。」 扉を支えたまま不思議そうに快斗の母を見上げる洋介に真代は慌てたように声をかける。 それに対して彼女は気にしていないわと言った風に苦笑した。 「真代ちゃん、私も高校生になる孫がいるのよ。おばちゃんでも若いくらいの表現だわ。」 「でも、先生はやっぱりいつまでもお若いです。洋介もそう思うわよね。」 車のカギをあけながら、真代は首を捻って後ろにいる洋介に同意を求める。 それに洋介はうんっと力強く頷いた。 車に乗り込んで数分、表通りの界隈に、その写真館はあった。 距離が離れているのが難点なのよね。 真代は車を止めながらそう呟く。 真代と旦那は昔、仕事仲間だったそうで、 お互いの価値観が合わずによくぶつかり合っていたという。 だけど、違うからこそ惹かれ会うのかいつのまにか意識するようになったとか。 そして気が付けば結婚していた。そんな馴れ初め話を車の中で話してくれた。 「ちょっと無愛想だけど、腕は確かだから。」 そう言ってガラス張りの扉を開ける。 中にいるスタッフの何名かが真代の姿を見て、こんにちはと会釈した。 「真代さん、準備はできてるそうです。」 「ありがと、みんなに紹介するわね。今回のモデル、黒羽由希さんよ。」 遅れて入ってきた新一の姿を視界に止めたスタッフは、 先程の快斗の母と同じようにその場に固まった。 今まで何人ものモデルを撮ってきて、そのなかにはもちろん美人の部類の人間も多かった。 だけど、新一ほどの素材を目にしたのは初めてだったのだろう。 誰もが口を開けない状況だった。 「美人さんでしょ。」 「美人はもちろんですけど・・・・なんか別次元の人みたいです。」 女性スタッフは頬を紅く染めながら、ポツリと言葉を漏らす。 その言葉に周りのスタッフも大きく頷いた。 「目の肥えたあなた達が絶賛なら、このドレス、間違いなく売れるわね。」 「そりゃ、売れるわよ。うちの自慢の嫁だもの。」 快斗の母の言葉に新一は何とも言えない笑みを浮かべる。 「売れれば、いいんですけどね。」 「大丈夫ですよ。それじゃあ、店長よんできますんで、ちょっと待ってて下さい。」 1人のスタッフはそう言うと、足早に暗幕の中へ消えていった。 写真館に入ったのは久しぶりだな。 確か、悠斗と由梨の七五三以来じゃないか? 新一はそう思いながら店内を見渡す。 写真館らしく、今まで撮った写真の数々が壁に展示してあり、 一種のアトリエのような雰囲気だった。 壁際には今まで受賞したトロフィーや、新聞の拡大コピーなども貼ってあり、 ここのカメラマンが如何に優秀であるかが分かる。 結婚式に、家族写真、そして入学式や卒業記念の写真などジャンルは様々だ。 「じゃあ、お入り下さい。」 暗幕の中から先程のスタッフが顔を出す。 新一は少し緊張気味に、その広げられた暗幕をくぐった。 中は薄暗く、まさに写真スタジオといった感じだ。 中央の巨大な背景の前に、レンズをのぞき込む男が居る。 おそらく彼が真代の旦那なのだろう。 新一が入ってきたのに気が付くと、軽く頭を下げた。 「彼、注文はうるさいけど、我慢してね。」 真代がそう新一の耳元で告げる。 新一は軽く頷いて、呼ばれるままにその巨大な背景の前に立った。 「それじゃあ、まずはイスに座ってもらおうかな。」 「はい。」 新一は木製の、足が届かないほど高いイスの上にすわる。 日頃は座り着けないイスに座るのは、少しだけ違和感があった。 こんなイス、おそらく写真館以外では使わない代物だと思えるほど、 様々な装飾が施してある。 「それじゃあ、カメラじゃなくて遠くを見つめて、そう、上手いね。 あと手は膝の上にかるく重ねて置いて。うん、じゃあ、岡君、光を上から当てて あと、反射板をもう少し右。よし、じゃあ撮るよ。」 パシャっとシャッターが切られる。 そして次は‘岡君’と呼ばれたスタッフが長椅子を持ってきた。 今度は横に足を延ばして、空いた部分には白い薔薇が設置され、足下にも置かれた。 まさにポスター用と言った感じだ。 「はい、じゃあ誘うような視線でお願いね。」 「へ?」 「旦那さんに向けるような視線だよ。いいの撮りたいから頼むね。」 突然の注文に新一は目が点になる。 今まで旦那を、快斗を誘った覚えなど一度もないのだ。 もちろん、快斗に言わせれば新一が向けてくる視線は全て誘っているということだが。 「ちょと、あなた。そんな表現じゃ分からないわよ。 そうねぇ〜、由希さん、上目遣いで微睡むような視線をお願いできるかしら。」 「は、はい。」 新一は母親譲りの演技力で真代の言うとおりの視線を向ける。 その瞬間、カメラマンの旦那がビックリしたようにレンズから顔を背けた。 頬が若干紅いのは気のせいではないだろう。 「あなた。仕事中ですっ。」 「わ、悪い。それじゃあ、撮ります。そうだ、岡君。影をもう少し照明で作ってくれ。」 「はいっ。」 旦那は口元に手を当てながら、恥ずかしそうにもとのスタンスへと戻った。 もし、ここに快斗がいたのなら即効、新一をお持ち帰りにしていたであろうと 快斗の母は後ろで撮影の様子を見ながらそんなことを思う。 そしてその後も様々な角度で写真が撮られ、 撮影が終了したのはそれから2時間後であった。 旦那もそして真代も久しぶりにいい仕事をしたと、嬉しそうな表情で、 新一もまた、初めてのモデル体験にまんざら嫌でもなかったらしく 満ち足りた表情をしていた。 「写真ができあがったら、連絡しますね。」 真代の店の戻ってメイクを取り、私服に着替えた頃にはもう日は傾いていた。 真代と洋介に別れを告げ新一と快斗の母は表通りに向かって、歩く。 そろそろ快斗達も帰ってきた頃だろう。そう思いながら。 |