小峯が用意した車で移動した先は木々の生い茂る郊外であった。

気持ちの良い空気、そして日本では聞き慣れない鳥の鳴き声。

先程の違和感はすでに彼の気配からは消えていて、

目の前にはニコニコと接客する1人の男性ウエディングプランナー。

だからといって、内心の警戒心をゆるめたわけではない。

 

〜永久花・22〜

 

 

「ここが、2人にぴったりと思って用意した場所よ。どう?」

大げさに手を広げて紹介する場所は確かに魅力的だ。

透明な湖の中心にぽっかりと浮かぶ、白い教会。

その教会までの道のりはなにもない。

まさか、船などで移動なのだろうかと快斗と新一が思案していると

小峯はなんのへんてつもない切り株の上をポンッと叩いた。

 

するとどうだろう。

その切り株から、ウイーンと機械的な音を立てて小型コンピュータが出現する。

小峯は慣れた手つきでキーボードに指を走らせた。

 

「見ていて。もうすぐ橋が架かるわよ。」

 

彼が最後にエンターキーを押した瞬間、スーッと水に切れ目ができ

モーセの十戒に出現するあの有名な場面のように、そこには道ができる。

それもただの道ではない。足下には小さな色とりどりの花が咲いているのだ。

 

「バーチャル映像?」

「ええ、花はそうよ。あと、そこに行くまでの間だ、

 両側の水の壁に今までの2人の写真を張り出すことが可能ね。

 文字通り結婚までの歩みってことかしら。」

 

生かしたアイディアでしょ?と小峯は得意げに微笑んだ。

確かにここまで凝った演出を見るのは初めてのこと。

日本ではとうてい不可能な技術だろうと2人は思う。

 

「マネーは腐るほど有るそうだから。ぜひ、ここを使って欲しいと思ってね。

 宣伝も兼ねて。」

「へ?」

「だってこの施設、一階の使用料が日本円で三千万なんですもの。」

アハハと高笑いする彼に快斗と新一は目を見合わせる。

確かに海外まで来てそこまで高い結婚式料を払う人はいないだろう。

それでも、海外の大スターならば喜んで使いそうなのだが。

 

「ちなみに、今までの利用申し込みは全て断ったわ。

 一番はあなた達っていう予約があったから。できてすぐ、昨年の6月に。」

「それって、母さん?」

「ええ。彼女の頼みでなきゃ、使ってるわよ。大赤字になりそうだわ。お陰で。」

 

困ったように肩をすくめると、小峯はスタスタと教会までの道を歩き始める。

 

「ここの使用は決定だな。」

「そうだね、有紀子さんもおそらくお金払ってるだろうし。」

快斗と新一はお互いに手を交じらせあって、彼の後に続いた。

この水壁にはどんな写真を映し出そうか。そんなことを話しながら。

 

 

湖の水の道を抜ければ、遠目で見たよりも大きな教会が目の前に現れる。

建物のてっぺんにはまっ白な十字架、そして日の光を浴びて煌めく鐘。

天井は磨りガラスで施されていて、淡い光が祭壇までの道、

いわゆるバージンロードを照らす。

両サイドの壁はやはり古くからの習わしに従って、

キリストが十字架の刑に処せられるまでの絵画が十数枚飾ってあった。

 

「カトリック系の造りなんですね。」

 

新一は奥にある羊小屋の模型を見ながらそう呟く。

そして、十字架に張り付けられたキリストを見上げた。

ちなみに右横にはマリア像がひっそりと白い像で象られている。

 

「そうよ。旧教とも言われるカトリック。アメリカにしては珍しいでしょ。

 ここを設計されたかたが熱心なカトリック教徒でね。

 まぁ、日本人にはカトリックもプロテスタントもあまり関係ないみたいだから。」

「確かに・・・。」

小峯の言葉に快斗は苦笑を漏らす。

カトリックとプロテスタントの違いを知らない日本人もいるのではないだろうか。

かくいう彼もそこまで宗教に詳しいわけではないのだし。

 

「日本は宗教の争いがないから良いわよね。」

「多宗教ですし。」

 

神道のお正月に始まり、仏教の雛祭りに七夕、そしてキリスト教のクリスマス。

様々な宗派の楽しい部分だけを上手く取り入れて加工するのが日本人の良さだと

快斗は思っている。

まぁ、外国人にとっては受け入れがたい事実かも知れないが・・・。

 

「快斗。」

「ん?」

「ちょっと、抜ける。」

 

新一はそう言って困ったような視線を向ける。

それに快斗は“ああ”と気がついてコクリと頷いた。

どこに?なんて無粋なことは聞かない。

 

「場所は分かる?」

「大丈夫だ。」

「そう、じゃあ気をつけてね。」

 

新一は軽くなずくと、足早に教会から出ていく。

小峯は何事か?と首を傾げたが、快斗のウインクを見て苦笑した。

 

「じゃあ、旦那様に会場の説明をしようかしら。奥様が戻るまで。」

「お願いします。」

 

ここで行いますか?とは聞かずに説明をはじめる小峯を、快斗はいい性格だと思う。

それはもちろん誉め言葉の意味で。

 

もと来た道を戻って、湖の畔の小さな建物に新一は駆け込んだ。

そして、用事が済むと化粧台の鏡を見て、髪を軽く整える。

幸せに緩んだ口元がはっきりと鏡に映って新一は思わず苦笑した。

 

「幸せの絶頂だな。工藤。」

 

鏡に映ったその姿に、新一の顔から幸せの色は消えた。

憤然とした表情で、お手洗いの入り口にもたれかかっている金髪の男。

成長段階の顔と体には少し大きすぎる黒のコート。

冷め切ったような瞳はいつ見ても身震いすると新一は思う。

 

ゆっくりと、呼吸を整えながら振り返れば、鏡に映った姿そのままの彼がそこにはいた。

 

「・・・ジン。」

 

ようやく口から零れた言葉は彼の名前。

その声にフッとジンは口の端をつり上げる。

 

「立派な教会だ。爆破でもしてやろうか?」

「おまえの目的はそんな事では無いと思ったが。」

 

俺のお門違いか?と尋ねればその通りだとジンは頷く。

こんな教会を爆破したところで彼らにとってのメリットは少ない。

それに組織を復活させる時期に目立つ行動はしないはず、というのが新一の考え。

そしてそれはもちろん正解だった。

 

「で、何をしに来たんだ?わざわざこんな郊外まで水を差しに来たとは言わないだろ。」

「確かに、俺は暇人じゃない。これを渡すために来た。」

ズイッと差し出されたのは黒い封筒に入った手紙。

新一はいぶかしげな表情で差し出されたそれを受け取った。

まるで葬式の案内状のようだと新一は思う。

 

「地獄への招待状だ。黒羽家へのな。」

「家族は関係ないはずだ。」

ジンの言葉に新一の視線は殺気を帯びたものになる。

だがそんな彼の態度を気に入ったのか、ジンはククッとつまったような笑みを漏らした。

 

「それでこそ、工藤新一だ。俺にはその視線がたまらない。

その広闊な蒼が憎くてね。今すぐにでも絶望の色に変えたくなる。」

 

コツンと革靴の音が室内に木霊し、彼が一歩一歩近づいてくる。

逃げるべきか、それとも挑むべきか。

選べる道は2つに1つ。

新一はザッと一歩後退する。

もちろん背後には洗面台があるためあまり動けないが。

 

ここで殺すことはまずないだろう。

先程の彼の発言通り、絶望を味合わせてから殺すつもりだろうから。

それでも油断はできない。

 

「怖いか?俺が?悔やむか?俺をあの場で殺さなかったことを。」

「怖くない。それに悔やんでもいないぜ。殺人を犯さなかったことをな。」

 

だからこそ、子供の親として今、自信を持って立っていることができる。

新一のおびえを知らないような表情を見てジンは“気に入らねーな”と愚痴った。

 

新一はその間も手を後ろに回して、小型銃を袖口から手元にもってくる。

きっとジンもすぐに拳銃くらいとりだせる体制になっているのだろう。

挑んでもおそらくは無駄だ。なんせ自分は目の前の敵を殺す気などないのだから。

だが、逃げるのはもっと無駄なこと。

彼がそんな隙を与える人物ではないことは重々承知している。

 

どうせなら、もっと下準備を装備すべきであった。

彼に効くような強力な睡眠薬を今、手の中にある麻酔銃に仕込んでおけば。

そんな焦りと後悔の気持ちはすべてポーカーフェイスの下。

彼に臆すことは自分のプライドが許さないから。

 

「命乞いをしない。そういう態度は好きだな。」

 

今までバラした人間は泣き叫び命乞いをしてきたぜ。

そう付け加えて苦笑すると新一はフッとあざ笑う。

 

「お前に命乞いが通用するとは思えないからな。」

「もっともだ。じゃあ、死ぬか?工藤新一。」

 

ジャキンと音を立てて彼の手の中に収まっているのはサイレンサー付きの拳銃。

新一も負けじと麻酔銃の焦点を彼へと合わせた。

 

「子供だましで俺に勝てるとでも?」

「さぁ、な。」

「見上げた根性だな。そろそろお別れの時間だ。

 おまえは俺がここで殺さないと読んでいるようだが・・・。

 俺も危険因子は、はやく取り除きたい質でね。

 あの世で嘆くがいい、名探偵!!」

 

パシュッ

音もなく銃口から鉄のかたまりが発射された。

 

 

あとがき

宗教についてはあまり突っ込まないでくださると嬉しいです。

一応、カトリック系の学校に通っているのですが、

まともに宗教の授業を受けてないので・・。

 

 

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