「旦那様のご登場か。」 ジンはそう言って振り返ると己に銃口を向けている快斗を見てせせら笑った。 〜永久花・23〜 静かな沈黙がタイル張りの粗末な公衆トイレ全体を包んでいる。 放たれた銃弾は2発。 ジンが新一に向けて、そして快斗がジンの手に向けて。 快斗に打たれたことで少しだけ軌道から外れた銃弾は、 白く薄汚れていた鏡に着弾し、鏡はその機能を果たせないほどに粉々になっていた。 誰もが指先の一本も動かさない。 まるで動いた瞬間に何かを支えている小さな糸を切ってしまう。 そんな妙な感覚だった。 ピチャンと奥のトイレで水の落ちた音。 ざわざわと風で木々の擦れる音。 それは沈黙へ誘うには申し分のない音。 もし、ここに拳銃など中ったら目を瞑ってこの音の世界を堪能するだろうが 如何せん、いまはそんな余裕など無い。 お互いにはりつめた空気を壊すのは容易いことではなかった。 そう、それはまるで隠れる場所のない砂漠の戦場のように。 「今回はここで引くか。」 緊張の糸を切ったのはジンだった。 向けていた銃口がゆっくりと地面に向けられ、 それと同時にジンの指から流れている血液が白のタイルを赤く染める。 「平和ボケをしている分けでも無さそうだな。KID。 まぁ、大事な相手が関わったからこそ気がついたのか。」 皮肉気にジンがクツクツと笑う。 「無駄口を叩かずさっさと消えろ。ジン。俺は新一の前で“殺し”はしない。」 「ふっ。甘ちゃんも変わらずか。とりあえずこれを受け取っておけ。 俺としてもさっさとケリを付けたいんでな。」 吐き捨てるようにそう告げると、ジンは空いている方の手で小さな紙切れを 胸ポケットから取り出し、快斗に投げつける。 そして、血の滴る指を一度舐めると、 季節はずれの黒いロングコートをなびかせながら 来たときと同様に、気配無く、カツカツと靴の音をたてて立ち去っていった。 「快斗。おまえ、拳銃。」 去っていったジンを視界の端に止めながら 新一は驚いたように快斗の手の中にある拳銃を奪った。 薄暗い室内で金属光沢を示すシルバーのマグナム。 いったいどこから?と新一は不思議そうに奪い取ったそれを手の中で転がした。 「こっちに来たときに優作さんから護身用に貰ったんだよ。 それより、命を狙われて第一声がそれ?」 快斗は呆れたようにそう言うと パチンと指を鳴らして新一の持っている拳銃を消滅させる。 彼に持たせておくのは賢明ではないから。 その行為に新一は形の良い眉を歪ませた。 新一の帰りが遅くて、嫌な予感が頭をよぎったのは数刻前のこと。 その瞬間に教会から走ってきて、 銃口を向けられた彼を見たときは本当に心臓が止まりそうだったのに。 今は不思議と心は穏やかで、落ち着いている。 ジンには新一の前で殺人はしないと罵倒したが 優作に貰った拳銃でジンの胸元を打ち抜こうと思ったことは確か。 だが、ジンを撃ち殺すよりも、手を打ち抜く方が新一を助けられる確率も増す。 とっさに判断した結果がそれだったのだ。 その時、もし、ジンを殺す方が新一の命を守れると判断したら ―――間違いなく俺は殺してるな。ジンを。 例えそれで新一に嫌われても、新一の命が守れるならそれで良い。 新一は黙り込んでしまった快斗をそっと下から見上げる。 機嫌を損ねてしまったのだろうか?と不安げに見つめる蒼い双眼に 快斗は気づくと、少しだけ哀しそうに微笑んだ。 「その・・・サンキュ。」 心配掛けて悪いとか、逃げようと思えば逃げれたとか いろんな言葉が頭のなかで飛び交ったけれど・・・伝えたのは感謝の気持ち。 銃口が向けられた瞬間、あきらめが心の中に存在したのは事実だから。 「単独行動は控える。」 新一は未だに黙ったままの快斗に続けて言った。 「ん。分かってるならいいけどさ。 まぁ、俺もトイレまでついていかなかったわけだし。」 もう、怒ってないよ。 そう付け加えてフワリと微笑めば新一はクスッとおかしそうに笑う。 「何がおかしいんだよ。新一。」 「だって、ここ女子トイレだぜ・・・。」 ついてきたらそれこそ変態だ。と呆れる新一に快斗は苦笑した。 それもそうだな・・・・と。 「そういや、快斗。さっき、ジンに貰った紙は何だったんだ?」 トイレから再び教会へと戻る帰り道、水の道路の中程で 新一は思いだしたように隣を歩く快斗を見上げた。 「え?ああ。忘れてた。」 「あのなぁ。」 「それどころじゃ無かったんだよ。はい。これ。」 快斗は少しだけ皺になった紙を伸ばしながら新一へと渡す。 大きさはハガキと同じくらいであろうか。 パソコンで打たれた文字が、少し色あせた紙に印刷してある。 ――――KIDと工藤に告ぐ。2日後の晩に行われるダンスパーティーに参加されたし。 そして、我々の手からターゲットを守ってみせよ。 簡潔な文章のしたには、パーティの場所・時間が記してあり 新一は“どうする?”と快斗を見上げる。 それは問いかけでなく勧誘だと快斗は思った。 殺人事件があると聞いてだまって見過ごせる奴じゃないと充分分かっているから。 快斗は新一への反論の意があるはずもなく、黙って頷いた。 「ターゲットも主犯も分からない中のダンスパーティーか。」 「真剣に考えないとやばいよね。」 「ああ。」 「やっぱり黒かな?でも、蒼も捨てがたいし。」 「・・・・は?」 黒?蒼?・・・? 新一が話していたのはターゲットや主犯を見つける手段についてのはずであったのに。 横を歩きながら鼻の下を伸ばしている旦那の頭の中には様々な色が浮かんでいるようで 新一は手に持っていたバックでひと思いに快斗を殴りつける。 「いってーー。何するんだよ。」 「何でパーティーの服なんか考えてんだよ。」 「はぁ〜?新一もそう言う意味で言ったんだろ。」 「違うに決まってるだろ。ターゲットとかのそうだ方法について言ったんだ。」 「でも、服装も大事なんだぜ。目立たないために。」 「屁理屈言うな。屁理屈を!!」 「ねぇ、あんた達、いつまで痴話喧嘩するの?」 聞こえてきた声に視線を前へと向ければ、 教会の入り口の階段に小峯が足を組んで座っていた。 右手で頬杖をついて、呆れた表情の小峯に快斗と新一はようやく彼の存在を思い出す。 「はぁ〜。有紀子の言ってたとおりね。当てられないようにって。」 ため息をつきながら小峯は言った。 それに2人は乾いた笑みを漏らすことしかできない。 以前はそのたびに新一は反論していたのだが、 十数年、周りから言い続けられると、さすがに認めないわけにもいかなかったのだ。 「まぁ、良いわ。それより、さっきトイレのほうでガラスの割れる音しなかった? おまけに説明途中に旦那はいなくなるし。」 いったい何なの?と小峯は立ち上がって2人に詰め寄る。 「気のせいじゃないんですか?」 「そうかな?」 自慢のポーカーフェイスを快斗は繕う。 小峯はなおも真剣な顔つきでまるで、真実かどうか見極めるかのように 快斗の群青色の瞳を凝視した。 「それより、小峯さん。会場はここにするとして次は?」 しばらくの沈黙の後、割ってはいるように新一が尋ね、 ようやく小峯の視線は快斗の瞳からズラされる。 そして、彼は何気なしに左腕につけられた皮ベルトの時計を見る。 「もうこんな時間じゃない。お昼を食べて衣装あわせに行くことにしましょう!!」 いけない、いけないと小峯は慌てたように快斗達が通ってきた道を歩き出す。 それに快斗と新一は顔を見合わせてホッと息をつくのだった。 あとがき スランプ中なので、文章も悲惨ですね・・。 とりあえず、次回から少しは話が動くかな?・・と。 |