小峯の案内で向かったのは洒落た小さなレストラン。

室内は色とりどりの観葉植物が並び、

高い天井には大きな白い羽根車がゆっくりと廻っている。

ちょうどお昼時なのか、店内はお客で埋まっていた。

 

〜永久花・24〜

 

「外でいいかしら?中はいっぱいみたいだし。」

海に面して広がる木製のテラスを指さして小峯は尋ねた。

外は暑いためか中よりは幾分空いている。

快斗と新一が軽く頷くと、“夕日が沈む頃は、外のほうが多いんだけどね”と

付け加えて小峯はテラスの方へと向かった。

 

席へ着くと、笑顔を浮かべてやってきたアロハシャツの店員に

サンドイッチセットを3つ注文する。

 

「これが、小峯さんのお薦めなんですか?」

 

快斗は手元のメニューを一通り見ると向かい側に座る小峯に視線を向ける。

他のメニューにも美味しそうなものはあったが、

すぐに小峯がオーダーをしてしまったので追加注文する暇もなかったのだ。

 

「あら、不満?」

「いや、不満っていうか。何でかなと思いまして。」

 

快斗の語尾を濁した言い方に、小峯はクスクスと笑う。

 

 

「だってここのサンドイッチ、

サーモンとキャビアが入っていてとても美味しいのよ。」

 

 

ズサッ

 

 

小峯の言葉と同時に快斗はおもいっきりテーブルに俯す。

その様子に小峯は困ったような表情を浮かべて新一を見た。

 

「あら?キャビアだめ?」

「キャビアよりも、魚関係が・・・。」

「わーーー。その名前を言わないで。」

 

快斗が慌てて新一の口を塞ぐ。

それをベリッとはがして、呆れたように新一は告げた。

 

「快斗、今なら間に合うぞ。」

 

その言葉に快斗は急いで立ち上がり、忙しそうにしている店員を遠慮なく、捕まえる。

そう、遠慮している暇などないのだ。自分の命?に関わる問題なのだから。

 

小峯は快斗の行動を見ながら、さらに笑みを深めた。

 

「アハッ。ここまで魚嫌いって初めてよ。」

「・・・でも最初から知ってましたよね?小峯さん。」

 

新一はスッと目を細めて小峯を見る。

その表情に小峯はポカンと気の抜けた表情をつくったが直ぐに強気な表情へと戻った。

 

「さすがは探偵さん。その通り。有紀子から聞いていたわ。」

「探偵は関係ないですよ。ただ、お喋りの母が貴方にこんなおもしろい話題を

 しないはずが無いと思っただけです。」

 

「なるほど。それもそうね。

でも、ここのサンドイッチがお薦めなのは本当よ。」

 

小峯は少しだけ目を臥せると、側に置いてある紙ナプキンを手に取る。

そして、なぜだか急にそれを使って鶴を折りはじめた。

 

「折り紙って魔法だと思わない?」

 

鶴を折りながら小峯は言葉を綴る。

 

「一枚の紙から、しっかりと形をしたものができるのよ。」

「小峯さん?」

 

「ねぇ、貴方の魔法使いは何でもできるの?例えばこの折り上がった鶴を飛ばすとか。」

 

小峯の“魔法使い”という言葉がなぜだか新一の頭にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

席に快斗が戻ってからは何の変わりもなく、

オーダーしたメニューをつまみながら結婚式についての打ち合わせを進めた。

ちなみに快斗が変更してオーダーしたのは肉団子のスパゲッティー。

 

 

 

「おまえ、30すぎてこれか?」

 

お子さまランチの定番じゃねーか。

 

「それ、偏見だよ。ねぇ、小峯さん。」

 

 

 

両者の視線の板挟みに小峯は乾いた笑みを漏らした。

 

 

「まぁ、好みの問題だから。それより式の話しをしましょ。

 この後、衣装合わせに行くけど。ブーケとか指輪はどうするの?」

 

「ああ、指輪ならバッチリ。」

 

「え?快斗。おまえいつの間に。」

「前々から注文してたんだ。」

 

ニッと快斗が得意げに微笑むと新一は軽く頷く。

そして、今、薬指につけている仮の指輪を見た。

 

仮とは言っても、快斗から贈ってもらったプラチナの指輪。

十数年、この指に収まってきたのだからやはりどうしても愛着は沸くもの。

 

外してしまうのはしのびないなぁ。

新一はそう思いながらその指輪を右手でそっと触れた。

 

「・・・なぁ、快斗。」

「大丈夫だよ。由希。指輪は結婚式のために豪華な造りだから、

 日頃はその指輪を使ってよ。そのほうが気を遣わないだろ?」

 

新一の言葉を遮って、快斗は首にぶら下がっている同じタイプの指輪を取り出す。

 

「俺もこれを指につけるし。結婚式が終わってから。」

「指に?」

「うん。まぁ、マジックをする時には無理だけど。」

「でも、どうして急に?」

 

今まで頑なにその指輪を快斗は薬指につけることをしなかった。

もちろんそれがマジックの時に妨げになるのだとは分かっていたけれど。

少しだけ、新一も気になってはいたのだ。

ひょっとして、つけるのが嫌なのでは?と。

 

「俺のけじめ、みたいなものかな。」

「けじめ?」

「上手く説明できないけど。」

 

だから、これ以上突っ込まないでね。

快斗はそう付け加えて指輪を再びシャツの内側に戻した。

 

 

「まぁ、指輪は良しとして、ブーケは?」

 

蚊帳の外だった小峯は頃合いを見計らって、続けて質問した。

 

有紀子に2人が話し始めると口を挟むのは難しいわよと忠告されたが

まさにその通りらしい。

 

今日中に決まるかしら?

 

小峯の頭にそんな一抹の不安がよぎる。

これでも、ウェディングプランナーとしては実績の多い彼だ。

仕事を1日で終えなかったことは一度もない。

速さと正確さこそが自分の売りだとも自負している。

 

例え、ラブラブ新婚カップルが自分たちの世界に入っても引き戻せる度胸はあるのだから。

でも、目の前の2人はいつもとは勝手が違うというのもまた事実。

 

何て言うか・・・思わず見とれちゃうのよね。止めるのを忘れて。

 

今回のお客は最強かも知れないと小峯は内心気合いを入れなおした。

 

 

 

「ブーケ?ブーケなら俺が用意しました。」

 

「はぁ?由希が?」

 

「何だよ。その言いぐさ。」

 

新一は快斗のひどく驚いた表情にムッと眉間にしわを寄せる。

小峯はそんなやり取りにブッと飲みかけのコーヒーを吐き出しそうになってせき込んだ。

 

「小峯さんまで。」

「ゴメンゴメン。いや、由希ちゃんってインドア派っぽいから。」

「当たっちゃいますけど。事件のときは別ですね。」

「あ〜それも想像できる。」

 

小峯はそう言ってひとしきり笑うと、ふうーと深呼吸をする。

 

「で、どこのお店に?」

「快斗が毎月、花を買ってきてくれる店ですね。」

 

サンドイッチのひとかけらを口に運んで新一が得意げに微笑む。

隣で聞いていた快斗はその言葉に思わず手に持っていたフォークを

落としてしまいそうになった。

 

ずっと秘密にしてきた花屋だったというのに。

 

新一はそんな快斗の反応を楽しみにしていたかのようにクスクスと嬉しそうに笑う。

 

 

「店長さんともいい人だよな。式の前日に航空便で送るって。」

「いつの間に・・・。」

 

 

満足そうにサンドイッチを口へと運ぶ新一はすごくかわいいけど

けど・・・・

新一の花束を貰った瞬間の表情を公共の場に提供するのはヤバイ!!!!

 

「なんか大変みたいね。快斗君も。」

 

「ええ。」

 

「どういう意味だよ。」

 

小峯は気づいていない。

いつの間にか、彼らのペースに嵌っていることを。

 

 

こうして、この日は日が暮れるまで店で世間話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

ホテルに着いたのは日がすっかり沈みかかった頃。

結局、衣装あわせは明後日へと変更された。

明日は小峯に別の仕事が入っているらしい。

“私の計画がこんなに狂ったのは初めてだわ。”と車を降りるとき彼はひどく落ち込んでいた。

 

「お待たせ、新一。」

 

ロビーで自室のカギを受け取って快斗が戻ってくると、

新一はゆっくりとソファーから立ち上がる。

 

「夕食はどうする?」

 

エレベーターのボタンを押して快斗は腕時計を確認する。

7時を少しまわったところ。

夕飯にはちょうど言い時間だ。

 

「雅斗達は夕食まで食べてくるみたいだし。ホテルの中で食べるか?」

 

隣で少しつかれたように欠伸をかみ殺している新一に尋ねる。

すると新一は軽く首を振った。

 

「お腹すかねー。」

「新ちゃん。時差ボケで食欲不振なのは分かるけど。何か食べないと。」

 

結局、あの店でも食べたのはサンドイッチ2つとコーヒー。

体調管理に気をつけるように哀に釘を差された快斗としては

しっかりと食事にも気をつけたいのだ。

だが、新一はなおも首を横に振る。

 

「・・・新一。」

「俺、先に寝るから。な?」

 

頼む。と

両手を合わせて新一は快斗を見上げた。

欠伸によって潤んだ瞳、上目遣いの儚い表情。

眠いときの彼は妖艶さが5倍に増す。これは快斗の提言だ。

 

「・・・分かった。」

「快斗!!」

「ただし、2択だからね。」

 

え?と首を傾げる新一の手を掴み、ちょうど到着したエレベータに連れ込む。

そして、すぐに新一をエレベーターの壁に押し当てると

空いた手で目的の階数と、閉じるボタンを素早く押した。

エレベーターがしまったのを確認して快斗は

未だに唖然として見上げてくる新一の唇を貪るように激しいキスをしかける。

 

「んっ。・・ちょ。」

「誘った新一が悪い。」

 

エレベーターは幸か不幸か、最上階に到着するまで開くことはなかった。

 

 

 

最上階についた時には、全身の力は抜けていて、新一は快斗に方を預ける状態で

部屋へと帰ってきた。

ただでさえつかれているのにと・・・新一はベットの端に座ったまま

鍵を閉めている夫・・快斗を睨み付ける。

 

 

「新一。だから誘うなって。」

「誘ってねーよ。おまえこそ、エレベーターで仕掛けるな。」

「だから、2択だって言っただろ。」

 

トンッと新一をベットに押し倒してニッと快斗は笑った。

新一にはもはや抵抗する力はない。

 

「いまから俺とご飯食べるか、それとも新一が食べられるか。」

 

俺としては後者だけど?どうする?

 

と意地汚く聞いてくる快斗。

 

「分かったよ。きちんと夕飯を食べる。」

 

だからどけ。と新一は快斗の頭をペシンと叩いた。

 

いつ、あの両親が帰ってくるか知れないのだ。

朝のような失態は一度で良い。

 

「そう?なら準備しなきゃね。」

チュと新一の額にキスを落として、快斗は部屋を出る準備を始めた。

 

 

あとがき

少しは甘い?ですか?

 

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