「いまいち資料が集まらなかったな。」

「まぁ、こんなものだろう?」

 

警察署の入り口に立つ警察官に軽く頭を下げて、快斗と新一は階段を下る。

手に持っているのは、こちらに日本から来ていた警察と地元警察から借りたものだ。

新一は再び茶封筒から資料の紙を取り出して、枚数の確認をしていた。

 

隣を歩いていた快斗の足が止まる。

それにあわせて新一は資料を袋に戻して唖然としている快斗を見上げた。

 

 

〜永久花・27〜

 

 

「快斗?」

「・・・・・由梨。」

「え?」

快斗が視線を向けている方向、

ちょうどの警察署の前にある大通りの側に由梨は立っている。

 

様子がおかしい。それは、遠目で見てもわかった。

 

 

「ゆ・・。」

「待って。新一。」

 

慌てて駆け寄ろうとした新一の腕を快斗は捕まえる。

動きを規制されて新一は不服そうに快斗を見た。

 

「由梨のやつ、操られてるんじゃないか?」

「それならなおさら!!」

「俺が行く。」

「ちょっ、快斗。」

 

真剣な顔つきで新一の横を通り過ぎると、快斗はゆっくりと由梨に近づく。

その瞬間、少しだけ由梨は口元を歪めた。

 

「由梨。」

 

「一人は我が手中に、そしてもう一人は我らの組織に招待した。

 残りは二人。これ以上の損害を防ぎたいなら、是非ともパーティーには出席されよ。」

 

「おいっ。由梨!!しっかりしろ。」

 

「伝言はここまでだ。」

 

焦点の合わない瞳のまま由梨はどさりと快斗の腕の中へと倒れ込む。

快斗はそんな由梨を抱き上げて、駆け寄ってきた新一へと視線を向けた。

 

新一は無表情でそっと由梨の前髪を掻きあげる。

 

「はやく、どうにかしないと・・・。」

 

そんな悲痛な声は、都会の雑踏のなかに飲み込まれていった。

 

 

 

 

それから、数十分後、由佳からの電話で家族は再びホテルへと集合した。

もちろん、雅斗をのぞいてだが。

一人減ったメンバーではあるが、それぞれ落胆した様子はない。

それは、彼への信頼か、はたまた完璧なポーカーフェイスの賜か。

いずれにせよ、落ち込んでいる暇がないことだけは確かだ。

 

ベッドに寝かせている由梨のめんどうは、優作と有希子に任せて

小さなホテルのテーブルを囲み今後の動きを決める。

 

悠斗は電話帳の側にあるボールペンを手でもてあそびながら、

大きな窓から見える街を見下ろした。

 

ハワイという小さな孤島も今ではすっかり観光地化されて、

至る所にネオンが明るく輝く。

この街のどこかに、由梨を操り、雅斗を誘拐した何者かが居る。

そう思うだけで、歩く人間すべてが不審に見えた。

 

「悠斗、あなたも参加して。」

 

由佳が難しい表情をしながら、彼を呼び戻す。

 

「草加清美さんの事については蔑ろにできないし、

 どうも私はこの事件が関連しているような気がしてならないの。」

 

新一が警察から借りてきた誘拐された女性の名前の一覧に目を通しながら

深くため息を付いた。

 

誘拐事件がこちらで多発するようになった時期と、

自分たちがハワイに来た時期にそう代わりはない。

加えて、結婚前や結婚したばかりの女性がねらわれているのも腑に落ちない点であった。

 

快斗や新一、それに悠斗も同意見のようで軽く頷く。

 

「とりあえず、俺たちは明日、パーティーに行く。

 悠斗と由佳は2人で清美さんについてのデーターを集めてくれ。

 くれぐれも相手の挑発にはのるなよ。」

 

「ちょっと、待って。パーティーって?」

 

快斗は由佳の反応にあれ?と新一へ視線を向ける。

言ってなかったのか?と言いたげに。

 

「いつ言う暇があるんだよ。」

「どうでもいいけど、パーティーって何なんだ。」

 

悠斗は話の節を折るように繰り返し尋ねた。

 

「相手方のボスから直々に誘われちゃったんだよ。

 まぁ、何があるか分からないけど、公式なパーティーみたいだしね。表向きは。」

 

招待状に記してあった場所と時間から割り出したのは、

半年で鰻登りに世界の市場に躍り出た貿易会社の1周年パーティーらしい。

まぁ、その躍進の仕方にはどうも胡散臭い点は多いが。

 

「お昼から夜までじっくりあるから、そっちはよろしく頼む。」

 

由佳の機嫌を伺うように快斗は苦笑を漏らす。

それに、由佳は大げさにため息を付いた。

 

「お父さんたちがおいしい料理に舌鼓を打つ間、私たちは聞き込みなんて。

 まぁ、いいわ。私たちもおいしいもの食べようね。悠斗。」

「アホ。本来の目的分かってるのか。」

「あのねぇ、こんなに美人なお姉さまにアホはないでしょ。

 それに分かってるわよ。」

 

由佳は自分の手に視線を落として“分かってる”ともう一度つぶやく。

 

明るいことを言っていないと、頭がおかしくなりそうで。

その感覚はオーストリアに居たときと似ている。

あの時は、役立てなかった自分がもどかしかった。

ふがいなく大けがまでして、どうして私たちだけと何度も思った。

 

だけど

「同じ鉄は踏まないわ。」

 

「どうしたんだよ、由佳。急に。」

 

「ううん。独り言。さぁ、明日は草の根分けるような作業だから早く寝なきゃ。

 ほら、悠斗。行くわよ。新婚さんの邪魔をするのは無粋。」

 

「あ、ああ。」

 

悠斗の肩を叩いて部屋の外へと向かう由佳。

悠斗はそんな姉の背中を追いかけながら、ポリポリとこめかみを掻く。

 

無理してるな。そう思えた。

 

「おやすみ、悠斗。由佳。」

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

 

パタンと閉まった扉が、どうしようもなく哀しいと、新一はそっと心の中で思った。

 

「快斗。」

 

扉をしっかりと閉めて、チェーンロッカーをかけて新一はゆっくりと

テーブルの前で資料を読み込んでいる旦那を見る。

 

「快斗。」

 

もう一度小さな声で新一は快斗を呼んだ。

もちろん最初の呼びかけから快斗の耳には届いている。

資料をテーブルにある茶色の封筒のなかに戻して快斗はそっと新一に近づいた。

 

「眠ろう。新一。」

 

そっと細くなった肩を抱きしめて、快斗は諭すように告げる。

コクンと腕の中で新一が頷いた。

 

 

 

朝から身支度を終えて、快斗と新一は招待状を手にパーティーへと向かう。

ちなみに服装は、小峯さんが用意したもの。

 

本当は今日も結婚式の打ち合わせの予定だったが、

無理を言って明日に延ばしてもらったが、その代わりに今日の“衣装は選ばせて”と言われた。

 

“彼は有名なウエディングプランナーでもあるけど、立派なスタイリストでもあるのよ。”

と、有希子が自分のことのように自慢していたのは記憶に新しい。

 

彼が用意したのは、シルクの淡い桃色がきれいなパーティードレス。

ピアスとネックレスはお揃いの真珠で統一し、白のカーディガンを肩に掛けている。

そして、快斗には胸元の大きく開いたタキシード。

彼の逞しい肌が少し見え隠れし、そこにはシルバーのアクセサリーが輝いていた。

 

「さすが、有希子の娘夫婦ね。もう、どうみても20代よ。」

 

小峯は新一の髪の毛を整えながら、完璧なできばえに歓喜の声を漏らす。

それに有希子がとなりで少女のように嬉しそうに騒いだ。

 

「でしょ、でしょ。もう、2人ともいじくり甲斐があるのよ。

 でも、この子ったらなかなか女らしい服を着ないの。勿体ないでしょ?」

 

「当たり前。」

 

「あら、有希子嫌われてるのね。」

 

「もう、いいわよ。優作と遊んでくるから。」

 

有希子はそう言って、部屋を出ていく。

その隣で小峯と快斗はクスクスと笑った。

 

「はい、これでいいわ。じゃあ、あとは旦那様に頼むわね。」

「お任せ下さい。」

 

快斗はスッと手を胸元に持ってきて優雅に一礼する。

 

「貴方も素敵よ、快斗君。」

 

そんな快斗の態度にフフッと笑みを漏らして、

小峯は拗ねた有希子を追いかけていった。

 

 

「じゃあ、お姫様。こちらを。」

「おまえも準備が良いな。」

 

快斗が一瞬で手に出したのは、愛用の拳銃。

新一はそれを、太股のあたりに隠す。

 

「実弾じゃないんだろうな。」

「一応、麻酔銃。新一のは。」

「俺の・・って快斗。」

 

彼が胸元に忍び込ませている銃を手にとって新一は形のいい顔を歪ませる。

 

「大丈夫。殺しはしないよ。それに、今回は殺人を止めることが目的だろ。

 達成できたら敵ボスからご褒美もらえるかもだし。」

 

「犯人を見分け、ターゲットも見つけるか。今日一日、目が凝るぜ絶対。」

 

「目薬、もって行かなきゃね。」

 

飾り程度のバックに新一は目薬を快斗から受け取っていれる。

だが、もちろんこれはタダの目薬ではない。

博士と哀がこちらに来るときに持たせてくれた新製品だ。

 

どんな効果があるかは知らないが、困ったときに役立つと言われた目薬。

 

「まかり間違っても目には指すなって。使い方教えろって言いたいぜ。」

「まぁ、そのうち分かるだろ。そろそろ、行くか。」

 

そう言って快斗が指しだした手に、

新一も開いたほうの手をそっと重ねた。

 

 

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