何事も動かないときには動かないし、動き出せば展開は速い。 新一はそんなことを思いながら人通りの少ない裏通りを走っていた。 〜永久花・36〜 先ほどいた場所と同じ国とは思えないほどの静けさ。 視線の隅に黒猫が塀を飛び越えた姿が映る。 道沿いにある扉は無機質で硬く閉ざされ、 すべてが死んでいるような雰囲気さえ感じさせた。 ここからが勝負だと新一は思った。 ジンとの決着をつけて十数年。 再び動き出したこのゲームは泣こうが笑おうが間違いなく今回で終わりを告げる。 根拠などは珍しく微塵もないが、新一にはそれがはっきりとわかっていた。 きっと、そのことはジンについても快斗についても同じことだろう。 だからこそ、一切手を抜けない。動き出したものには遅れをとってはいけないから。 途切れ途切れの気配に新一は神経を集中させる。 考えるのはここまででいい。 そう思い、ようやく路地を出て海岸付近に出た瞬間、一発の銃声が指先をかすった。 彼女は見せたこともないような冷たい表情をする。 切りそろえられた髪は潮風になびき、お気に入りの白いシャツを着ていた。 ぴたりと止まった体。銃口は間違いなく自分に向いていた。 「由梨。」 小さな声を漏らすが、彼女の表情はまったく変わりなかった。 快斗は言った。『催眠をとくには、催眠が発動しているときにしかけるしかない』と。 けれどそのとき方まで新一は知らない。 それに素人が行えば、精神に異常をきたす可能性だってあるのだし。 「ジンの気配を追ってきたんだろ。」 銃口を向けたままの由梨の肩に男の手が乗った。 「エールか?」 「ご名答。一応、初めまして?かな。」 黒のタンクトップに引き締まった肉体。 鷹の刺青がその波打つ筋肉にくっきりと映えていた。 「黒は統一しているが、コートは着ないんだな。」 「俺は自由主義だから。まぁ、ジンの前では筋を通しちゃいるけど。 それよりそのくびれた腰に閉まってある拳銃をこちらにだしてくれないか? 君だって母親だ。娘は失いたくないだろう。もちろん、殺し合いもね。」 エールはそう言って視線で新一の腰元を示した。 そしてシュッと軽く手を動かし、 サバイバルナイフを取り出すとその刃先を由梨ののど下に押し当てる。 その間にも由梨は微動だにしなかった。 新一はしかたなく腰元から小型の拳銃を取り出し足元に置く。 それを確認してエールはナイフを由梨ののど下から離した。 「じゃあ、一緒に来ていただけるかな。君に会いたい人がいるんだ。」 「ジン・・・じゃないな。」 「会えばわかるよ。では、こちらへどうぞ。」 彼が乗ってきたであろう黒のポルシェが海岸に止まっている。 エールはその助手席をあけると、新一に乗るように促した。 新一はそちらに向かいながらも後方の由梨を一瞥する。 「由梨は?」 「連絡係。そろそろご家族もそろってご招待したいし。 おっと、そんなに怖い顔するなよ。これは全員参加型なんだから。 それに妙なことを考えないほうがいいと思うな。怪我をした腕じゃ、俺には勝てない。」 その言葉に新一は腕の血がにじみ始めていることにようやく気がついたのだった。 全員ホテルに戻って。 その連絡が来たのは、夕方近くのことだった。 つれて帰ってきたシャオを雅斗に監視させた状態で別室に閉じ込め、 その隣室に家族が集まった。 広いソファーで由梨が哀に膝枕をされ静かに寝息を立てている。 「工藤君が誘拐されたわ。」 一息おいて哀はゆっくりと言った。 静寂の中に響いた声は壁の中に吸い込まれていく。 誰もが表情を濁さずに入られなかった。 「もちろん手がかりはシャオという女だけ。場所もわからない。 いま、急いで雅斗のもってきたフロッピーを解析してるけど、 それも役立つかはわからない。じゃあ、どうするべきか・・。 といっても、黒羽君。あなたはもう決まっているみたいね。」 「ああ。たぶんあっちからなにかしらコンタクトはとってくるはずだ。 あいつらだって、邪魔な俺たちすべてを一度に消せるチャンスだからな。 連絡がきたら、すぐに乗り込む。もう、作戦を練っている時間はない。」 快斗はひざの上においていた手を組み替えると、まっすぐと前を見据える。 そしてスッと流れるような動作でその視線を優作と有紀子に向けた。 「優作さん、有紀子さん。二人には悪いんですが式の準備をお願いできますか? これは僕らの戦いです。お二人にはすべてが終わったとき、 すぐに式を上げれるよう手はずをお願いしたいんです。」 「何を言ってるの!?僕らの戦いなんて、勝手すぎるわ。」 「有紀子。快斗君の言うとおりだ。もう、私たちは干渉してはいけないんだよ。 盗一と決めたことなんだ。戦う権利は譲与された。」 「・・・優作。」 立ち上がって興奮する有紀子の手を優作はそっと握る。 その見上げられた視線に有紀子は重々しくため息をついた。 「これだから男って嫌なのよ。へんなプライドをもつし。」 「有紀子。」 「わかったわ、でもね、快斗君。かならず素敵な式をあげれるように帰ってきて。 私は全力で結婚式の準備をするから。ね?これだけは約束して。」 有紀子はそう言うと、快斗の手を包み込むように握り締める。 うつむいてその表情は見えないが、 必死で涙をこらえているのだと快斗にはいたいほどわかった。 ただ平穏に生きることがこんなにも難しいなんて。 有紀子は快斗の手を見て思う。この手にどれだけのものを彼は抱えているのだろうかと。 「大丈夫ですよ、有紀子さん。俺は新一から一生離れないって決めたんですから。 俺の独占欲の強さは知ってるでしょ?」 「ええ。」 有紀子は顔を上げて穏やかな表情でうなずく。 彼に一任するしかない。いや彼だからこそ。 「新一を頼んだわ。」 その言葉は快斗の頭の中で何度も響いていた。 |