車の速度が徐々に落ち、とある洋館の前に止まった。 いつの間にか天気は雨へと変わり、外は昼のはずなのに薄暗い。 あたりは木々に囲まれて、湿気を含んだ風は全身をけだるくさせた。 〜永久花・37〜 「いいところ、とは思ってもらえないみたいだな。」 助手席をあけるとエールは軽口を叩く。 新一はゆっくりと外に足を踏み出すと、周りを一巡した。 エールは新一がついてくるのを疑っていないのだろう。 ズボンから金色の鍵を取り出すと洋館の入り口まで続く数段の階段を上り始める。 洋館はずいぶん古いものなのだろう。 幽霊屋敷を連想させるかのようにツタが壁じゅうにはびこっていた。 「足元に気をつけな。築100年。どこが抜けるかわからないぜ。」 電気も通っていないのか、エールはライターであたりを照らす。 窓からうっすらと外光が入ってくるが、歩くには十分な明るさではない。 いったいこんな場所に誰がいるのか。 新一は慎重に一歩ずつ踏み出すと彼の後に続いた。 しばらくまっすぐな廊下を歩くと、突き当たりに大きな扉が見えてくる。 ドアノブはきれいな細工が施してあったのだろうが、今は見る影もなかった。 「さて。覚悟はいいかい?名探偵。」 「覚悟は最初からできてるに決まってるだろ。」 「おっと、これは愚問だったな。」 呆れたように告げる新一にエールはケラケラと彼特有の笑い声を発する。 この笑い方も話し方も不快だと新一は思った。 ゆっくりと開いた扉の先。 そこは今までよりもよりいっそう暗かった。 窓という窓には戸板が打ち付けてあるが、どこからか風が入っているのだろう。 中は外よりも乾燥している気さえした。 「・・・いったい何人いるんだ?」 「さぁ、俺は把握してないからなぁ。 あとはこの部屋の持ち主に聞いてくれよ。それじゃあ探偵君。また会おう。」 エールは新一にライターを渡すとそのまま来た道を一人歩いていく。 新一は一瞬、彼を追おうかとも考えたが、 渡されたライターの光を人影に当ててその考えをすぐにすてた。 わずかな光の中に浮かび上がったのは ガラスケースに入れられたウエディングドレス姿の女性たちだったから。 「この人たちって・・・・。」 「そう。僕が集めたんだ。結婚前の女性を誘拐してね。」 子供特有の響きを含んだ声に新一はゆっくりと振り返る。 暗闇の中、扉近くに小学生くらいの少年が見えた。 「三浦洋介・・・・いや、今は組織の一員か。コードネームは?」 「思ったよりも驚かないんだな。改めて自己紹介するよ。ビットだ。」 ビットと名乗った少年はパチンと軽く指を鳴らす。 するとその音と共に明かりがつき、広い部屋の全貌がうっすらと浮かび上がった。 赤い瞳がギラリと光っている。 新一はその瞳に臆することなく彼をまっすぐと見つめた。 「お母さんは悲しんでいるんじゃないか?」 「そんなこと知ったころじゃないね。 なぁ、工藤新一。俺は君と同じだ。この意味、わかるよな?」 ビットはそう言って右手を差し出す。 依然、三浦洋介として会ったときは子供特有のみずみずしい肌をしていたはずなのに 今、差し出されたものは、80近い年寄りの手だった。 思わず眉間にしわを寄せた新一にビットは満足げに口元を緩める。 「日ごろは人口の皮膚で隠していたのさ。完全な未完成作品。 けれどシェリーが開発したものよりは、ずっと安全なものさ。」 「そんなものを作ってどうするんだ。若返っておまえの望みは叶ったのか?」 「はっ。笑わせてくれるなよ。永遠の命は人類最後の夢。 金も名誉も手に入ったものたちには飛ぶように売れるさ。 君ときれいごとを話したくはないね。そろそろ本題に入ろう。 今、俺は彼女たちをオークションにかけようと思っている。 裏社会ではこういうの、受けがいいんだ。研究資金ってなにかとかかるからね。 そして、今回のメインは君だよ、工藤新一君。君は知らないだろうけど 裏社会じゃ君の名を知らないものはいない。消えた君が絶世の美女として 生き人形になれば、俺は一生研究資金に困らないほどの金が手に入る。」 ビットはそういうと右手に何かを取り出した。 おそらく剥製化させるための薬か何かだろう。 「神経まで腐ってやがる。俺がそんなかんたんに手に落ちるとは思ってないんだろう?」 「もちろん。これでも組織には100年近くいるんだ。互角にやりあえるはずだよ。」 ビットはそういうと声高に笑い声を上げた。 誰かが呼ぶ声が聞こえる。 耳につけたイアリングからだろうか。 ―――そういえば小型のマイクをつけていたっけ。 シャオはぼんやりとした頭のままゆっくりと目を開けた。 「お目覚め?」 視界に入ってきた顔にシャオの意識は一挙に覚醒した。 急いで動こうと思うが全身、力が入らない。 「薬が効いてるんだ。哀姉の至高の一品だからな。」 「哀・・・シェリーもいるのね。」 シャオはこれ以上動かそうとしても無駄な体力を使うだけだと思い諦めたように目を閉じた。 耳元ではかすれかすれの声がいまだに響いている。 それが気づかれなければいいが・・・。 けれど彼女の願いもむなしく、 雅斗はシャオの耳につけてあるイアリングをはずした。 「寝ているあんたから取るのも気が引けたからね。ちょっとお借りするよ。」 「とんだフェミニストね。」 「お褒めに預かり光栄ですよ、お嬢さん。」 奪ったイアリングに耳をすませれば、ジンの声が聞こえてきた。 『シャオに道案内をさせて俺たちの元へ来い。』 相手も自分に聞かれていることくらいわかっているのだろう。 挑発的な声に雅斗は小さく舌打ちした。 「あんたのところのボス命令。案内してもらえるよな。」 「ええ。どうせ逃げようもないしね。」 シャオはそういうとふわりと穏やかな笑みを浮かべる。 それはきっと、ジンに対しての笑みなのだろうと雅斗は思った。 うっすらと聞こえた声だけに喜ぶ女。 その動作からジンを愛すというより崇拝しているような印象さえ感じられる。 雅斗はそんなことを考えながら立ち上がると隣の部屋へと向かった。 招待状が届いたことを知らせるために。 |