雅斗の一報と同時にレンタカーを発注すると、快斗はシャオの案内の下車を飛ばした。 後ろの席にはシャオを両側で囲むようにして雅斗と由佳。 そして、その後ろには悠斗と帰ってからずっと眠っている由梨が座っている。 快斗の隣である助手席に、いつもいるはずの新一がいないためか がらんしていてそこは物悲しい雰囲気に包まれているかのようだった。 〜永久花・38〜 快斗はハンドルを握りながらも、時折助手席を見つめる。 道案内をしたり、安心して眠っていたり、不機嫌気味に外の風景を眺めていたり・・・ 「新一・・・。」 「よっぽどお気に入りみたいね。」 「おまえなんかには分からねぇーよ。俺が新一を想う気持ちなんて。」 快斗の漏らした言葉に、シャオは小ばかにするような笑みを浮かべた。 バックミラー越しに見えたその表情に快斗の表情は険しくなる。 別にこんな女に理解してもらおうとは思わないが、 お気に入りと軽々しく言われることが快斗の逆鱗に触れたのである。 シャオは雰囲気の変わった快斗の様子に、無駄口を叩くのをやめたのか 口を十文字にきつく結ばれていた。 ―――分かるわよ。私だってあの方を愛しているから。 スッと視線を向けた道には、赤いテールランプが通り過ぎていく。 市街地を抜け、山林を走ること1時間半。 深い森の中に、黒い柵が並んでいるのが見えてくる。 そして柵のところどころにはドクロマークの看板がかかり、 この先が私有地であることを示していた。 車が柵のそばに来ると扉は自動的に開き、快斗は一度その前で車を止める。 すぐに入るであろうと思っていた面々は、そんな彼の行動に目を細めた。 「父さん。どうしたんだ?」 「いや、おまえらの意思確認しようかと思って。」 「そんなの決まってるじゃない。今更だわ。」 由佳はそういうと心底呆れたようため息をついて、 ペシンと快斗の額にデコピンを食らわせる。 「行こう。お母さんを助けるために。」 「最高の結婚式、見せてくれるんだろ?」 「迷いなんてどこにもないからさ。」 「盛り上がっているところ悪いんだけど、ここからは徒歩よ。 この先、道は4つに分かれているわ。どこに進むかはあなたたち次第。 だけどね、全部をひとつずつ見て回る暇は無いわ。」 3人の子供たちの言葉にアクセルを踏もうとした快斗だったが 後ろから聞こえた声に思わず前のめりになる。 そしてゆっくりと振り返ると、幻滅したような表情でシャオを見た。 「だろうとは思った。つまり4つに分かれろってことだろ。」 「そういうこと。4人の組織員があなた方を歓迎するわ。 もちろんその道の先には、眠り姫もいるかもね。」 含み笑いする女に、嫌なやつだと感じつつも5人はシャオを連れて車を降りる。 この鬱蒼とした森のなかに足を踏み入れるために。 ++++++++++ 一方同じころ、新一は薄暗い洋館のとある部屋に身を潜めていた。 手から流れる鮮血は止まったものの、利き手をやられているためか 護身用にもった拳銃をしっかりと握り締めることはできない。 こんな状態では真っ向勝負ともいかず、とにかく先ほどの部屋から抜け出し どうにか彼に勝てる打算を導き出すしかなかったのだ。 快斗はどんな手段を使ってでも生きろと新一に告げた。 その中に人殺しが入っていたかどうかは定かではない。 けれど、新一はどんな場合になったとしても殺すことは絶対にできないと思う。 たとえ、自らが命を落とそうとも。これが新一のプライドだから。 「まぁ、そんなきれいごと言ってる余裕はねぇーんだけどな。」 軽く自嘲めいた笑みを浮かべながら、新一は部屋の様子を伺う。 どうやらなにか骨董品を収納する部屋のようで、珍しい逸品が大事そうに飾ってあった。 だが、どれも武器になるような代物ではなく、組織が集めたものとも思えないため おそらくは前の館の持ち主が収集したものなのだろう。 昔から金持ちは、こういったものにお金を書けることが多いのだから。 「それにしても不気味なくらい静かだな。」 ビットは数発、最初の部屋で威嚇射撃のようなものをしただけで追ってくる気配は無い。 新一は油断せぬようにしながらも、とりあえずは体力回復だとばかりに、 傍の壁に背中を預けて軽く目を閉じた。 まぶたの裏に浮かんできたのは、母親に無邪気な笑顔を惜しむことなく見せる小学生。 今、彼女はどんな思いで、いなくなった息子を探しているのだろうか。 まさかかわいがっていた彼が・・・自分たちよりも年上の老人だとも思わずに。 「じゃあ、俺と雅斗と由佳はそれぞれ一人ずつ。 悠斗は由梨と一緒に行ってくれ。で、あんたは・・・。」 「私は悠斗君と由梨ちゃんたちと行くわ。」 ようやく目を覚ました由梨に近づくと、ね?とシャオは微笑みかける。 その笑顔に由梨は苦しげに眉をひそめた。 この笑顔をどこかで見た気がする。 そう・・・確かあれは駅の・・・・・・・。 「冗談だろ。あんたはここで眠っててもらう。」 「そうよ。悠斗と由梨に何するか分からないのだし。」 「あら、ここにおいていくより監視があったほうがいいんじゃない? それに二人はそんなに弱いのかしら?」 「父さん、先に進もう。迷っている時間は無いから。俺を信じてくれないか?」 現状があまり把握できていない由梨と薬が効いて動きが鈍いとはいっても 敵の右腕とをつれて歩くのはリスクが大きいことくらい悠斗にも分かっている。 だけど・・・ 俺だって黒羽家の男だ。 その迷いの無い強い眼差しに、快斗は昔の新一を思い出す。 黒の組織と初めて真っ向勝負したあの時、途中で分かれなくてはいけなくなって 心配する快斗に向けられた眼差し。 ―――親の知らないところで子供が育つってマジなんだよな。 こんなにも新一に似てきたのかと改めて感じながら快斗はゆっくりと首を縦に振る。 それを合図として、5人はそれぞれの道へと進むのだった。 |