『黒羽君。』

そう呼ばれた気がして、快斗は足早に動かしていた歩調をピタリと止めた。

 

 

〜永久花・40

 

 

「あいつらうまくやってるかな。」

 

快斗はポツリと呟いて天を仰ぐ。

鬱蒼と茂った木々のせいで、空はほとんど見えず、

僅かな木漏れ日だけが今の時間帯を快斗に教えてくれていた。

 

先ほどの声は、間違いなく過去の記憶のものだと思いながら快斗は再び足を進める。

過去といっても、日本を発つときだけれど。

前日の送迎会にきていた新一の幼馴染が、少し離れた位置から自分を呼んだ。

 

『なに?蘭ちゃん。』

 

手招きする蘭にしたがって近寄れば、

蘭はガラスに手を当ててきらめく街並みを見つめる。

快斗は彼女の隣に立ち、同じように最上階から見える絶景をただただ眺めた。

 

『黒羽君。新一のことお願いね。私ね、ずっと好きだったの。

 女でも男でも、工藤新一という存在が大好きだった。ううん。過去形じゃないわね。

 今も大好きだし、とても大切な存在よ。だから・・・新一を必ず幸せにして。

 でないと、最高の回し蹴りを食らわせるから。』

 

蘭は一度も快斗と視線を合わせることなくそう告げると、

ニコリと微笑んで園子たちの下へと戻っていった。

突然の告白。といっても、それは旧知の事実で。

けれど、改めて彼女の口から言われると、ずしりと心に重くのしかかる。

快斗が知らない新一の幼少期を、彼女は隣でずっとみてきたのだから。

 

『幸せにしないわけないじゃん。』

 

園子たちと談笑する彼女に声は届かないけれど、快斗はそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「新一。俺、ほんとにおまえを幸せにできるのかな。」

 

 

 

見えてきたピラミッド型の建物に快斗は一呼吸置いて胸の辺りをぎゅっと掴む。

囚われの身となった新一。今でも薬は新一の体を犯している。

苦しみを半分でも背負ってあげられているのか、時折不安になることだってある。

 

いつも、自信満々じゃいられないから。

 

「らしくねぇよな。」

 

弱気な自分が現れるのは、いつも新一が関わったときだけれど。

快斗はそっと目を閉じて、弱い自分を心の奥へと押し込める。

初めてKIDの衣装を身にまとったときのように。

 

「わが至高の姫君を返してもらいにいくとしますか。」

 

パチンと指を鳴らすと、そこには戦闘服に身をまとった快斗、いやKIDがいた。

今度白いタキシードを着るのは結婚式にしろと新一に言われていたはずなのに。

 

「これで最後だし、許してくれるよな。新一。」

 

胸元に潜ませた拳銃を手にとって、快斗は薄暗いピラミッドに足を踏み入れたのだった。

 

 

************

 

 

一方同じころ、雅斗もまたとある建物の前まで来ていた。

いや、建物と表現するには語弊があるかもしれない。

オープン式のドーム型の中心には巨大な池が有り、

そのほとりには、しだ植物や蒲などがおびただしく自生している。

 

そして、空中を自由に飛んでいるのは季節葉連れの・・・

 

「トンボ?」

 

思わず漏れた声は、不思議にもドーム内に響く。

空は開け放たれているはずなのに、雅斗はスッと目を上空に凝らすと

胸元からトランプ銃を取り出し、そこに向かって放った。

 

 

カン、カン

 

 

しばらくして反響した音。

空へ放ったはずの改造トランプは何かに跳ね返って地面へと突き刺さる。

 

 

「ガラス・・・?」

「そう。とびっきりの強化ガラス。この空間の湿度と気温を年中一定にするためにね。」

 

 

後ろから聞こえた声に、雅斗は踵を返して銃を構える。

まったく・・・気配が無かった。

 

 

「驚いてるみたいだな。黒羽雅斗。」

「あんたは・・・タクシーの運転手か。」

「その節はどうも。」

 

 

由梨がいなくなって、慌てて乗り込んだタクシー。

それを運転していた男によって、雅斗は牢屋からの大脱出を余儀なくされたのだ。

男は黒い上着を脱ぎ捨てると、茂みの中に投げ入れる。

暑くてたまらないと言いたげに。

 

 

「ここ、あんたの趣味なわけ?」

「まぁ。俺は日本の秋って季節が好きでね。ジンに無理を言ってお願いしたのさ。」

 

きれいだろ。

そう彼は笑うが、雅斗の想像する秋とはどうも勝手が違っていて雅斗は素直に頷くことはできない。

 

 

普通は山の紅葉や黄金色の田んぼと赤トンボなどを連想するというのに、

ここの湖は薄汚れて、飛んでいるトンボも種類は区々だった。

 

 

「さて。無駄話はこれくらいにしようか。雅斗君。俺のお相手は君がしてくれるんだろ。」

「ああ。残念ながらそうらしいな。」

「けれど、すぐに戦っても面白みが無い。」

 

男、エールはそう言うとパチンと指を鳴らす。

すると、ガサッと音がして茂みの中から現れた人影は・・・

 

「由梨・・・?」

 

彼女が着ていた服は真っ赤に染まり、手には鋭いナイフを持っていた。

その血が彼女のものでないことは明白で。

 

となれば・・・。

 

嫌な予感がしながらもそれを表情に出すまいとポーカーフェイスを作っていたとき

茂みの中にもう1人、シャオが勝ち誇った笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「楽しい兄弟対決ってわけね。」

「シャオ・・・。悠斗はどうした?」

「さぁ。状況からみれば明白じゃないのかしら。ね?由梨ちゃん。」

 

シャオはそう言って、由梨の耳元に唇を寄せる。

そして、手で彼女の頬を撫でようとしたが、その手は雅斗から放たれたトランプによって阻まれた。

 

「汚い手で妹に触るな。」

「ずいぶんな物言いじゃない。エール。そろそろ・・・。」

「ああ。邪魔な人間は処分しなきゃ、だな。」

 

シャオの言葉にエールは由梨に向かってニコリと微笑みかける。

その笑みに由梨は軽く頷くと、鋭いナイフを雅斗・・いやシャオへとむけたのだった。

 

 

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