知っている?母さん。

母さんは俺達の全てなんだ。

だから、母さんが居ない世界は真っ暗で。

 

父さんなんてきっと壊れてしまうから。

ねぇ、お願いだから・・・目を覚まして。

 

 

〜永久花・42〜

 

 

蔦の絡みついた古い洋館の前に停車したままの車をみつけて、

悠斗と合流した由佳は一目散にその建物の中に入った。

 

薄暗い館の中を本能のまま走り続けてたどり着いたひとつの部屋。

その扉の先にあったのはおびただしい人形のような花嫁達。

 

そして・・・

 

「お母さん!!」

 

倒れていた2つの影に、由佳は無我夢中で駆け寄り、悠斗は一瞬呼吸を忘れた。

 

 

これが現実だとは思いたくない。

脈を確認して泣き叫ぶ由佳の声がどこか遠くで聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新一?」

 

ピラミッド内部にしかけられた様々なトラップを回避しながら

気分はさながら人気のアメリカ映画のようだと思いつつ、

快斗はふと、胸騒ぎを覚え、最愛の人の名を呼んだ。

 

虫の知らせ、という言葉が一瞬頭をよぎり、慌ててそれを否定する。

新一が自分を残していくはずなどないのだ。

 

こんなことを気にしていたと後で言えば、

『ばぁろぉ。』とお決まりの台詞を吐き捨ててきっと苦笑を漏らしてくれるだろう。

馬鹿にされる言葉にさえ愛情を感じてしまうと言う自分の言葉に

心底呆れたのは隣の科学者だっただろうか。

 

 

そう。新一の笑顔を再びみるために。

 

 

 

 

「いい加減、出て来いよ。トラップは充分楽しめたし。」

 

到達した最上階で、快斗はゆっくりと告げる。

 

石造りの室内はヒヤリと涼しいが、

それでも激しい動きでここまできた快斗の熱を冷ますほどではなかった。

さらに、空気入れのための小さな窓がいくつかあるだけで、

夜目の利く快斗でも見通しはあまりいいとはいえない。

 

声量はそう大きくなかったものの、建物の構造上、それは反響し、予想以上に響いた。

その声に答えるようにカツカツと聞こえるのは、彼が愛用している靴の音。

 

若返っていても、纏う気配は変わることはない。

 

全身を黒に覆った死神の金の髪だけが、薄暗い中で異様な輝きをみせていた。

 

 

「これが最後の戦いだな。KID。」

「ええ。私達が安息に生きるために、貴方の死は絶対なんです。」

「工藤の前でない今なら、殺せるか・・・。」

 

フッと鼻で笑うジンに快斗、いやKIDは首にかけたままのリングにそっと触れる。

 

新一にプロポーズをしたときにあげたけれど、

薬指につけなかったのは、新一を本当に幸せにした時だと決めていたから。

 

自分達にとっての脅威を全て排除する。たとえそれが人の道からはずれようとも。

 

「私は聖人君子ではないですからね。」

 

これがエゴだと世界中から罵倒されても、ずっと決めていた。

この男は自分が殺すと。

 

どちらともなく地を蹴り、戦いは始まる。

それを見届けるものは、ただ沈黙を護る古い石壁だけだった。

 

 

 

どれだけの時間が過ぎただろうか。

白い衣装は赤く染まり、意識は今にもぶっ飛びそうだ。

それは相手も同じで、ただ黒には血が目立たないのだと、その時に気付いた。

 

彼らが黒を纏う理由は、ひょっとしたらそこにあるのかもしれないと銃を打ちながらKIDは思う。

 

己の犯した罪を省みないため。

 

ならば、白は夜に人をひきつけるだけでなく罪から逃れない覚悟なのかもしれない。

 

 

 

「ジン。どうしてそこまで組織を望むのですか?」

 

新一は言っていた。ジンは銀治として、普通の高校生活をしていたと。

組織など再建せずに、暮していけば、彼も人並みの幸せを手にしたかもしれないのに。

 

「それが俺の生き方だからだ。俺にはそれ以外の生きる術など知らない。」

 

愚問だと吐き捨てる彼に、もう再興の余地はないのだと思った。

堕ちる所まで堕ちた人を救い出せるのは、同じところに堕ちた人間だけだろうから。

 

「そうですか。ならば、一度・・・生まれ変わることですね。」

 

輪廻転生を信じているわけではない。

きっとそれはお互いに同じ。

 

けれど彼はおそらく望んでいる。この生き方を終わらせることを。

 

お互いの銃に残った弾は一発ずつ。

 

同時に発砲された音は、不気味なほどよく響いていた。

 

 

 

 

「最後までわけわかんねぇよ。くそっ。」

 

KIDの衣装を物言わぬ死体となった彼に快斗は投げつけた。

相打ち覚悟で放ったというのに、その弾が届く前に、彼は自らの頭を打ちぬいたのだ。

 

なぜ、この場面で自殺を図るのか、そして満足げな表情が何を意味するのか。

快斗は理由の分からない憤りに傍の壁を打ち付ける。

 

誰よりも憎く、誰よりも殺したいと思っていた。

 

なのに、彼の死を前にして、完全な歓喜など、心のどこにも存在しない。

 

快斗は胸ポケットを探り、入っていたライターを取り出す。

そしてその100円の安いライターに火を灯し、自らの衣装の上に投げ捨てた。

 

緩やかに燃えていく、父から受け継いだKIDの戦闘服。

それと共に燃えるのは、最後の遺恨だ。

 

「ジン。おまえが来世では真っ当に生きられることを俺は願っている。」

 

カツカツと響く靴音も今はひとつ。

薄暗い部屋は、ジンの身体が燃えることによる炎で煌々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由佳姉。そんなにゆさぶったら、母さんが苦しむ。」

 

そっと姉の肩に手を置くと、それはすさまじい勢いで弾かれた。

睨みつける視線は悠斗も知らないほどのもの。

全身の毛という毛を逆立たせている猫のように。

 

「なんで、あんたは冷静なのよ!!お母さんは・・・息をしていないのよっ。」

 

 

そう。そばに倒れたビットが何をしたのかは知らないが

彼に聞くにもどうしようもない状態だった。

確認はしていないが、彼も死んでいるのだろう。

 

死人に口無し・・とはよく言ったものだ。

 

「どうして、なんでよ。いつもいつも、どうして私達ばかり。」

 

 

幸せになれないの。

 

 

その一言に、悠斗は思いっきり姉を叩く。

たぶん彼女を殴ったのは生まれて初めてのことで。

由佳は泣き叫ぶことを止め、目を大きく見開いて悠斗を見上げた。

 

 

「由佳姉は今日まで幸せじゃ無かったの?」

「それはっ。」

 

「ずっと平穏とは言えないけど、俺は幸せだよ。この家に生まれて、父さんと母さん。

 そして雅斗兄や由佳姉、由梨、哀姉・・・みんなとすごしてきた毎日は幸せだ。」

 

母さんが望んできたそれを否定することは許さない。

悠斗の静かな言葉に由佳はウッと嗚咽を漏らした。

そして、そのままギュッと新一を抱きしめる。

 

今は冷たく、人形のような母を。

 

 

 

 

 

「母親・・・の死に・・目をみて、姉弟・・・げんか?」

 

聞こえてきた声に、悠斗は反射的に母と姉を背後にかくまった。

死んでいる、そう思っていた男が動いたのだ。

 

それも・・・恐ろしいほどに歳をとった姿で。

 

 

「この姿に驚いて・・・るんだな。心配・・・しなくてもあと・・少しで死ぬさ。

 無理やり・・若返らせた身体。薬がきれれば・・もとに戻る・・・。

現に・・もとの年齢・・・は100を・・超えているのだし。」

 

しわがれた声の男は、見たことも無いほど優しい目をしていた。

 

 

「母さんを殺したのはおまえだな。」

「ふっ。・・・・何を。おま・・えの・・・・母親は死んで・・・なんぞいない。」

 

ぜぇぜぇと息をしながら、ビットは答える。

彼のシワクチャの顔を脂汗が流れていた。

 

「だって呼吸も脈も・・・。」

「凡・・・人に・・・は・・天才の・・・発明は分か・・・らないのだな。」

 

フッと鼻で笑うビットに由佳はギッとにらみを利かせる。

それでも手を出さないのは、彼が死ぬ前に聞きださなければいけないことがあるからで。

 

「おれが・・え・らんで・・やった・だろ・・・・そいつの・・花嫁・・衣装・を・それに・・・。」

 

そのままドサリと傾いた体に、

由佳は意味が分からないと男を起こそうと叫んだが悠斗には全てが分かった。

 

 

「母さんの花嫁衣裳は・・・Sleeping beauty.

 

眠れる森の美女を目覚めさせるのは・・・

 

 

「新一!!!」

 

部屋に飛び込んできた快斗に悠斗は『ナイスタイミングだよ、王子様。』と小さく笑った。

 

 

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