永久花。

それは永遠に枯れることの無い花。

氷付けされた中で色もそのままに咲き続ける。

死ぬことなど無い、永遠を約束された花は、果たして幸せなのだろうか。

 

 

 

〜永久花・43〜

 

 

 

新一をその腕の中に抱き寄せ、止まったままの快斗に悠斗は目を細めた。

自分の言葉が聞こえていなかったということは無いだろう。

ちらりと視線を動かせば、由佳もまた同じように困惑気な表情を呈している、

ちゃんと目の前の父親には説明したはずだ。ビットの残した言葉の意味を。

今、眠ったように鼓動を止めている新一を起こす方法を。

 

なのに、どうして彼はそれを実行しようとしないのだろう。

 

「父さん・・。」

 

もう一度、父を呼ぶ。

催促する意味を含めて。

 

だが彼は、だまって首を横に振った。

 

 

 

「父さん、どうして。可能性としては充分に考えられるはずよ。

 エールの催眠とビットの薬が作用しているに決まってるわ。

 現に母さんには目立った外傷も無いし・・。」

 

業を煮やした由佳がしゃがみこんで快斗の顔を覗き込む。

一分でも一秒でもいい、少しでも早く、新一に瞳を開けて欲しいから。

それは悠斗も同じで、『邪魔なら外に出るから』と、どうにか行動に移させようとした。

 

けれど

 

「もし、それで目を覚まさなかったら。ビットの行いが間に合っていなかったら・・。」

 

怖いのだと快斗は小さく呟く。

由佳も悠斗も見たこと無い、怯えた快斗の姿。

 

そんな彼の姿は、まるで大事な、大事な宝物を必死で護る子供のように、

幼い雛を翼で隠す親鳥のようにもみえた。

 

 

「・・・間に合うって何?」

 

「工藤君はもう長くは無かったのよ。」

 

由佳の言葉に応えたのは、快斗ではなく・・・

いつの間にここに来たのだろうか。

 

快斗と同じく絶望に近い顔色をした隣人の科学者だった。

 

 

 

 

 

それからのことは、由佳もぼんやりとしか覚えていない。

 

FBIの面々が乗り込んできて、仮死状態にされた花嫁たちを保護した。

彼女達は薬と暗示がかかっていたものの、

婚約者のキスでそれこそ魔法のように目を覚ましたらしい。

後にこの事件は「眠れる森の美女」と名付けられ、

どこかファンタジーめいたものになるのだが、今はおいておこう。

 

とにもかくにも、新一の状態をのぞいた全てがものの見事に解決したのだ。

 

もちろん万事が上手くいったわけではない。

捕まったのは清美と名乗っていた女性とエールのみで主犯格のジンは死亡が確認された。

また、ビットは三浦洋介と同一人物であると思うものなどいるはずもなく

真代は洋介が失踪したことに憔悴しきっているとのことだった。

彼女もこの一連の被害者なのである。

 

新一をベットに横たえても、快斗はその手を握り締めて離れなかった。

隣室に集められた彼らの子供たちは黙って哀の言葉を待つ。

優作や有希子は事の次第を知っているのだろう。いつの間にか席を外していた。

 

「貴方達はアポトキシンについては知っているわよね。」

 

哀の言葉に彼らはゆっくりと頷く。

新一の身体を蝕み苦しめた毒薬。

そしてその創造主が目の前の彼女であるということも。

 

だがそれを今更蒸し返そうという気は彼らにだって更々無い。

もちろん、哀を責めようなどという感情は今まで一度だって沸いたことは無かった。

 

「解毒剤で彼は女性になるという副作用があったものの、薬を凌駕した。

 いえ、そう思っていたの。けれど、この数年、彼の臓器は急速に衰え始めていたわ。」

 

大人の身体から子供へ、子供の身体から大人へと繰り返し急激に変化した身体。

さらには、最後の完全な解毒剤で男性から女性になったのだ。

負担が無いほうがそれこそ奇跡で。

 

定期的に行う検診の中で、哀は明らかに、

新一の身体の中での変化が普通でないことに気付いた。

年齢と共に緩やかに死滅していくはずの細胞の速度が尋常ではなかった。

特に心臓や肺といった生命維持機関はもはやいつ止まってもおかしくないと思えるほどに。

どうにか開発した薬で細胞の死滅を抑えてはきたものの、限界もあって。

 

「・・・彼に残された道は死のみと告げたのはたぶん半年以上前ね。」

 

うすうすと新一自身気付いていたのだろう。

新一は『そうか』とだけ呟いた。そこで罵倒してくれれば良かったのだと哀は思う。

おまえのせいで、こんな身体になったと。

だが、哀の内心を知ってか、新一は『今までありがとう』とだけ告げた。

 

「彼の身体を治す為に努力してきたこと、そして、貴方達と出会わせてくれたこと。

 そのことに対しての感謝・・なんて。私は彼から奪ってばかりだったのに。」

 

「哀姉。母さんは哀姉を一度も恨んだことなんて無い。」

「悠斗の言うとおりよ。お願いだから自分を責めないで。」

 

ギュッと握り締めた手を由梨がそっと包み込んだ。

新一に良く似た蒼い瞳がジッと見上げてくる。

自分よりも泣きそうなのに、母親の死の原因は自分にあるのに。

 

お人好しな両親のDNAが彼らにも脈々と受け継がれていることが、

今はどこか苦しいと哀は思った。

 

「だから、急に結婚式と雅斗との合同ショーを父さんは・・・。」

 

「黒羽君には自分で言うと言っていたから。

たぶん、結婚式後は2人で過ごすつもりだったんじゃないかしら。」

 

残った時間を、2人だけで。

後からこちらに来た哀は知っている。

彼らが家を出た後に引越し業者が入ったことを。

本当に子供たちに黙って消える予定なのだと知り、博士はどこか憤慨していた気もする。

 

きっと自分達が世界中を旅行しているようにみせ、

新一の死を知らせないでおこうとしたのだ。

咎めても『これは自分達の最後のわがままだ』と

2人は似たような顔でどこか違う雰囲気の笑みを浮かべるだろう。

 

 

「哀姉・・さっきから気になってたんだけど。

母さんの薬の作用は死ぬまで消えないんだよな?」

 

今まで黙っていた雅斗が恐る恐る、しかしはっきりした口調で尋ねる。

哀はその言葉に現実に引き戻され、慌てて頷いた。

 

「なら、一度死んで生き返れば、薬の効果は消えるってこと?」

 

「雅斗。生き返るって、あんた頭がおかしく・・・あ。」

 

こんな時にくだらないことを言うなと咎めようとした由佳は

ビットが起き上がったときの状況を思い出した。

 

そう。ビットは幼い子供から実年齢に戻ったのだ。

一度、死んで・・・・。

 

 

「ビットはきっと成功させたのよ。完全な解毒剤を!」

 

「同じ組織のメンバーだった哀姉にライバル意識を持っていたはずだから

 母さんを生き返らせようとした動機もこれで分かる。」

 

「そうと決まればやっぱり父さんに。」

 

意気込む雅斗の手を掴み哀は慌てて引き止めた。

 

「もし、無理だったら?・・・それこそ、黒羽君は壊れてしまうわよっ。」

 

 

今は生き返るかもしれないという希望がある。

だが、それを試して無理だったら?

 

今の状態なら身体は朽ちることなく、永遠に眠っているだけに見える。

 

快斗もきっと今の哀と同じ気持ちだ。

 

希望だけをもっていたいと。

 

 

「冗談じゃない。そんなの俺の尊敬する父さんじゃねぇよ!!」

「雅斗・・。」

 

「可能性があるのに試さないで黙ってみてるって?なんだよ、それ。

 んなことで母さんを無理に生きさせるなんて、

それこそ母さんが追い求めてきた真実を否定するだけだ!!」

 

「・・・ツッ。」

 

哀は両手で口を塞いでその場にしゃがみこんだ。

由梨が慌てて哀の身体を支える。

 

「哀姉・・・。」

 

「そうね、そうよね。ごめんなさい、ごめん。怖かったのよ。

 貴方達のほうがずっと悲しいはずなのに・・。」

 

「悲しさに違いなんて無いわ。でもね、哀姉。

 私達は2人に教えられたの。奇跡はいくらでも起こせるって。」

 

たとえその先にあるのが、死だったとしても。

受け止めないと前には進めないから。母さんもきっとそれを望んでいるから。

 

「俺、父さんを説得してくる。」

「雅斗、私も。」

 

そう言って部屋を出て行く雅斗と由佳の背中はたくましい。

 

ああ、こんなにも彼らは成長していたんだ。と哀は小さく笑った。

 

 

子供が出来たとき、産むと告げた新一。

自分の命の危険性があるとしても、彼が残そうとした命。

彼らはこうして立派に育ち、新一や快斗が組織に挑んだ年齢と同じになっている。

 

 

『灰原。人はさ、死ぬんだ。

アポトキシンの効果を完全に無くすには死ぬしかないって言ったけど、

人間の死亡率は100%。これは薬でも変えられないんだよ。

だからさ、アポトキシンのせいだって思うな。死は当たり前のことだ。』

 

ハワイに立つ前にそう言って笑った彼はきっと覚悟を決めていた。

なのに自分が真実を受け入れられないなんて、大きな裏切りになるのではないか。

 

「ありがとう、由梨。もう大丈夫。」

「うん。」

 

「それにしても、雅斗も黒羽君も酷い怪我をしてるんだから、

 あんまり言い争わないといいわね。」

 

雅斗の腹は縫いつけたばかりよ。と告げる哀に

悠斗と由梨はどちらともなく笑うのだった。

 

 

 

****

 

(※ここからは快斗視点です)

 

 

 

 

 

 

その事実を聞かされたのは、今から数ヶ月前のこと。

春先の少し暖かくなってきたころだった。

 

子供たちは珍しく休日に家をあけており、久々に2人だけの時間をすごす。

昼食を終えて哀ちゃんに渡された薬を飲む新一に

俺は先日から気に掛かっていたことを聞くことを決めた。

 

「なぁ、新一。」

「ん?」

 

空になったコップを流しに置いて、新一は振り返る。

こちらに来る気配は無いため、

読んでいた雑誌を傍に放り投げると、そのままキッチンにたった彼を抱きしめた。

 

「快斗?」

 

どうしたんだ?と腕の中で身体をよじる新一に俺はある事実を確信し目を細める。

 

やっぱり・・・と。

 

「新一、また痩せたでしょ。」

 

「あ、ああ。最近、ほら、急に暖かくなって、食欲無くてさ。

 俺が季節の変わり目に弱いって知ってるだろ。」

 

「それだけじゃないよ。薬の種類も増えた。」

 

「花粉症だよ。灰原に特性のを作ってもらって・・。」

 

「半年も前から?」

 

そっと新一の身体を解放し、彼の肩に手を置くとジッと蒼い瞳を覗き込んだ。

 

新一が何かを隠しているかなんて薄々予想がついていた。

毎日抱きしめるたびに細くなる体。増えた薬に発作の回数。

 

月に1回だった診断が週1になったのも半年前くらいからだ。

 

「新一。ねぇ、隠し事は無しだろ?」

「快斗・・・。」

「どんな事実でも俺は受け止めるから。」

 

お願いだから教えて。

そういって再び抱きしめた俺の頭を新一は優しく撫でてくれた。

 

 

あと1年ももたないかもしれない。

そう聞いたときの衝撃は今も忘れられない。

だけど、どんなに嘆いても事実は変わらないなら、

この1年を永遠にしてしまおうと俺は思った。

 

忘れられないくらいの思い出をいっぱい作ろうと。

まずは新一は俺のものだと世界中に言いたかった。

そして、結婚式も。指輪だってちゃんとしたものを贈りたいって。

 

給料三か月分ね。て言ったら

新一はどんだけ高価な指輪だよって笑ってくれた。

 

子供たちには告げずに逝きたいという新一のわがままも俺は二つ返事で了承した。

海外を遊びまわっていると思わせておくために、デモテープまで作ったのだ。

それに俺ならば完璧に新一の声色も真似できるから。

まぁ、いつまで誤魔化せるかどうかは分からないけれど。

 

 

『子離れできない?』

『まさか。あいつらを信用してるしな。』

『そっか。それならいいけど。でないと“あの作戦”が実行できないからね。』

『そうだな。あいつらの驚いた顔が今から楽しみだ。』

 

清美さんの旦那に会った時に交わした会話がずいぶん昔のように思える。

結婚式が終わったら、そのまま空き缶をつけたオープンカーで逃走する予定だったのに。

 

「新一。新一は永久花のままじゃだめ?」

 

俺が望んだこと。永遠にしたいと。

この姿ならば、新一はずっと生きていると信じられる。

 

けど、きっと

 

 

「母さんはそんな父さんを認めないよ。」

 

聞こえた声に、俺は小さく笑った。

 

現実を受け入れる時が来たんだと。

 

 

 

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