快斗はバーチャル映像である花の上を歩きながら左右に映し出された写真を眺めていた。 快斗と新一の結婚式を行うために、有希子がずっと前から予約しておいてくれたこの式場。 中央の教会まで行く際、通る湖の中に出来た道に飾られた写真は皆で選んだものだ。 先に参列しているであろう招待客も、きっとこの写真を見たのだと思う。 快斗と新一が出会う前、そして出会ってから今日までの日々。 新一が女性となったことを知っている関係者だけを招待してあるためだろう。 写真は男の新一も女性としての由紀のもの、どちらも見うけられた。 〜永久花・44〜 解毒剤で女性になった新一の体も今は男のものに戻っている。 死ぬまで薬の影響は残る。 つまり、新一が死んだために薬の影響も全てリセットされたということだろうか。 哀はそれだけで新一が男に戻るはずは無いと言っていた。 おそらくビットが何かしら薬を開発し、それを飲ませたのだろう。 でないと、アポトキシンの毒も解毒剤の副作用も、 死んだからといって完全に取り除かれるわけではないのだから。 「本当にビットは天才だといいのにね。」 快斗は腕の中で眠る花嫁に語 普通ならば父である優作が、この道を新一とともに歩くはずだった。 だが、周知の通り新一に意識は無い。 さすがに父親に抱きかかえられたくないだろうと、優作は苦笑し 眠ったままの新一の意志を汲み取って、快斗に全てを譲ったのだった。 「ビットが天才なら、新一は誓いのキスで生き返るのに。」 冷たい体を包み込んでいるのは、ビットが選んだドレス。 その名も、『sleeping beauty』和名で『眠れる森の美女』だ。 悪い魔女に呪いをかけられた姫を目覚めさせるのは王子様のキス。 それは世界的にも有名な御伽噺。 「そしてブーケトスも新一がするんだよ。由佳や由梨には渡さないで欲しいな。 まだ、お嫁には行って欲しく無い気がするし。あ、哀ちゃんとかは適齢期かも。 でも、余計なお世話って怒られるよね。」 新一が事前に頼んだというブーケは、期待に違わず、素晴らしいものだった。 このドレスを見てもいないというのに、まるで合わせて作られたようで。 新一に内緒で通っていた花屋。 どんな顔をして愛しい妻はこのブーケをそこで注文したのだろうか。 「そのうち日本に帰ったときには、ちゃんとお礼を2人で言いに行かなきゃなぁ。」 左右に飾られた写真の最後は、みんなでの集合写真だった。 以前、庭でパーティーを開いた時のもので、 白馬夫妻とその子供、服部夫妻とその子供、隣家の哀や博士、蘭や園子も揃って それはそれは大人数の笑顔が、引き伸ばされた写真の中いっぱいに広がっている。 中央に居る新一は幸せそうに笑っていて。 再びこの笑顔を見たいと快斗は心から思った。 ―――神様なんて信じたことは無いけれど 開かれた茶色の扉。 見えるのはたくさんの招待客と大きな十字架。 そしてバージンロードを天井から照らす陽光。 ―――神様なんて信じたことは無いけど、今は祈りたい。 眠ったままの新婦を抱く新郎の歩みを、皆は息を詰めて見守っている。 今日のことは全員に知らせてあったから。 前日にハワイにやってきた大切な友人たちや、事件の後処理を終えた、高木夫妻や目暮。 彼らの表情は必死に笑顔を作っているようで痛々しかった。 祭壇の前で歩みを止めると、神父が立っている。 見たことのある顔に、元FBIで今は神父になった男がいると 新一がいっていたことを快斗は思い出し、軽く目礼した。 ジョディや赤井の上司、名前は確か、ジェイムズ・ブラックだっただろう。 「それでは、誓いのキスを。」 この式には正式な手順もなにも存在しない。 新一が目覚めれば結婚式、目覚めなければ葬式になるだけだ。 キリスト教の視点ならば、死もまた哀しむべきものとは考えないかもしれないが。 快斗はしゃがみこみ新一を己の膝に寝せると、ベールをそっととる。 綺麗で穏やかなその表情は本当に眠っているとしか思えなかった。 スッと流れていた音楽が消える。 誰もが祈るように手を合わせ、ギュッときつく目をつぶっていた。 「新一、信じてるよ。俺を残したりしないって。」 新一と付き合い始めて、キスなんてそれこそ数え切れないほどにしたけれど キスを怖いと思ったことはない。 だけど・・・今は怖い。 一度、深呼吸をして、快斗はそっと新一に口付ける。 その冷たい唇に。 最後にキスを交わしたのはいつだっただろう。 いつもなら、キスをしてすぐに眼を開ける。 そうすれば新一の照れた顔がみれるから。 早く視界に新一の顔を映し出したいから。 でも、いまは ―――目が・・開けられねぇよ。 代わりに開けられない目の隙間から流れるのは涙で。 はやく確認しなくてはと思うのに そう思ったときだった。 「っつ。」 目元に触れた手は、誰のものだろうか。 自分の涙をぬぐう手の感触は・・・。 「泣いてるのか?快斗。」 「し・・んいち?」 不思議そうに見上げてくる蒼い瞳に快斗は声にならない声を上げた。 「体が硬い・・。これって死後硬直か?」 唖然とする快斗の腕の中から立ち上がった新一は軽く腕を回し屈伸運動をする。 神父の前でそれもウェディングドレスをきて、誓いのキスの直後に 屈伸運動をする花嫁などおそらく史上初のことだろうなと、 傍らに居たジェームズは現実逃避のようにそんなことを考えた。 「しかし、起きれたってことは、ビットも嘘ついたわけじゃなかったんだな。 まぁ、あれは嘘ついてる感じじゃなかったし。体も完璧に男に戻って・・・・って。おい、快斗!!」 「はい!」 突然新一に名前を呼ばれて、意識を飛ばしていた快斗は思わず直立する。 ジェームズはもはや結婚式の雰囲気を諦めしばらく傍観することを決めたようで それは参列者もみな同じであった。 しばしはこの夫婦漫才でも見物しておくか・・・と。 「なんでウエディングドレスなんだ。てか、この状況はなんだ??」 「何って結婚式。」 「なるほど・・じゃねぇ!!おまえ、あの建物の中ですぐにしなかったのか?」 「しなかったって?」 「そ、その、キ・・キ・・・。」 「ああ。キス。」 「恥じらいも無く言うな!」 「だって今更じゃん。キス以上のこともしてんだし。じゃないと子供は・・・。」 「TPOを考えろ。バカイト!!!」 今、新郎を殴りつけたのはブーケじゃなかっただろうか、と哀は思う。 おそらく2人とも完全に混乱してしまっているのだ。 快斗は現実の嬉しさに、新一は今の状況に。 ふぅとため息をついて隣をみれば、蘭と園子は涙と笑顔を浮かべており、 後ろの席にいる平次たちもまた笑いを押し殺していた。 「哀姉・・・そろそろ止めるべきかな?」 「そうね。これは身内にしかできないわ。」 振り返って尋ねてきた悠斗に哀は深々と頷く。 いい加減、普通の結婚式に戻ってもらわなくては。と。 哀の許可を貰い、黒羽家の子供たちは恐る恐る席を立った。 彼らの行動を視界に止めたのだろう。 ジェームズが場所を譲るように少しだけ祭壇のすみへと移動する。 その間も、快斗と新一はかみ合うような、かみ合わないような漫才を繰り広げていた。 「あのさ、父さん、母さん。」 「参列者の皆さんには2人の仲のよさは充分伝わったと思うし。」 「そろそろ、いいんじゃないかな。」 「ジェームズ神父も困ってるわよ。」 長男、長女、次男、次女、の順番で誂えたように告げられた言葉。 そこでようやく快斗と新一は正気に戻ったのだろう。 2人は子供たちの顔を眺め、しばしお互いに見詰め合った。 「新一。本当に生きてるんだ・・・。」 「ああ。生きてるみたいだな。」 その言葉に快斗は新一を壊さんばかりに強く強く抱きしめ、 新一もまた、快斗の腕の中の温もりに安心したのか、涙を流す。 盛大な拍手が式場を揺さぶるほどに響いた。 「さぁ、仕切りなおしよ!!BGMをお願い。」 拍手に負けない声量で小峰が合図をだし、音楽が再び流れる。 それを継起に雅斗達は席に戻り、入れ替わりにジェームズが元の位置へと立った。 そう。 結婚式が始まるのだ。 |