「宮司様。志保様がお薬渡してくれって。」

「ありがとう、歩美。」

小さな手にお水と薬を持って、歩美は快斗の傍へと向かう。

快斗は2人の会話に、先程の女性が“志保”と言う名前なのか、とのんびり思っていた。

 

 

〜治癒の神水・3〜

 

 

「お侍様。お薬をどうぞ。」

「ありがとう、えっと、歩美ちゃん?」

 

にっこりと笑って御礼を言うと、

歩美は一瞬驚いたような顔つきとなったが、すぐにニコリと笑い返してくれた。

 

「お侍様はお侍様じゃないみたい。」

「え?」

「歩美達の知っている侍は殺し屋みたいな印象しかないんだよ。」

歩美の言葉を理解できていない快斗に新一は言葉を補足する。

時々ここへとやってくる鬼のような男達が彼女のお侍のイメージだから。

 

快斗はそれに納得して苦笑した。

 

「俺は変わり種なんだよ。」

「そっか。じゃあ、みんな変わり種なら良いのにね。」

 

歩美のストレートな言葉は、新一と快斗の心にひどく響く。

子ども達の純粋な願い。それを、大人は分からないから。

 

「変わり種だから、治療したのよ。」

「あっ、志保様。」

「どういう意味だ?志保。」

 

新一の後ろに立って笑う彼女に問いかければ、彼女は笑うのを止めて、口を開いた。

「普通の武士なら・・・殺してるってこと。」

「志保様?」

 

志保のいつもとは違った口調に、歩美は心配げな視線を送る。

こんなに凍てつくような視線を持つ志保を歩美は知らない。

志保はそんな歩美の表情に、クスッと笑っていつもの雰囲気を取り戻した。

 

「冗談よ。工藤君、歩美ちゃんを連れて寄り合いの会場に戻ってくれない?

 私は彼と話があるから。

 寄り合いに集まっている人々も、彼についての説明を求めているわ。」

 

快斗をここまで運んでくれた村人が心配するのも最もだろう。

なんせ、彼は侍なのだから。

彼が安全なことを村人に伝えるのはもちろん新一の役目だ。

「ああ。分かった。歩美、行くぞ。」

「うんっ。」

新一と手を繋いで部屋を出ていく彼女を志保は見つめる。

 

地の自分を出してしまったのはまだ早かっただろうか?

 

 

 

「志保ちゃんって何者?」

「言ったでしょ。町医者よ。それ以上でもそれ以下でもない。」

志保は後ろ手で障子を閉めると、ゆっくりと快斗に近寄る。

先程のことがあっただけに、快斗は少し警戒の色を見せた。

「信用無いのね。」

「まぁ、ね。育った環境のせいかな。」

 

 

「安心して。私がこれから言うことを守るのなら、殺さないわ。」

 

 

志保はこれまで彼に助けられた者達に、同じ事を言って聞かせてきた。

その内容とは

「ここですぐに傷が癒えたことは他言禁止よ。」

ただ、それだけ。

 

「何で?」

「理由は、宮司である工藤君の為とだけ言っておくわ。

 貴方も彼を気に入ったのなら同意してくれるはずよね。」

 

「俺が新一を気に入ったってどうして分かったんだ?」

 

快斗の問いかけに“何を今更”っと言った風に志保は笑う。

 

「ここで、治療を受けた者はみんな彼に魅入るのよ。」

それが工藤新一の血を共有したからなのか、彼に人柄かは分からないが。

志保は声に出さずに、そう付け足す。

でも、ここで癒えていく者は、少なからず、彼に好意を示すから。

 

「もっと早く出会ってればよかったな。」

「出会えただけでも一生分の運を使ったようなものよ。それで、約束できる?」

「新一の為になるのなら喜んで。」

「よかった。この部屋が血まみれにならずに済んで。」

 

志保はそう呟くと、障子を開ける。

それと同時にしめった風が部屋の中へと吹き込んで・・・。

 

「一雨降りそうね。」

「なぁ、志保ちゃんって本当に町医者?」

「そう、町医者よ。」

 

 

志保が去った後、彼女の言うとおりバケツをひっくり返したような勢いで雨が降り出した。

 

 

 

+++++++++++++++

 

新一が寄り合いから戻ってきたのは、辺りが闇夜に包まれた時間帯だった。

 

「遅くなったな。」

「夕食、ありがとう。神社だからちょっと心配したけど普通だったね。」

「ああ、食い物の制限は神道には特にないからな。」

新一は障子を閉めて、ようやく快斗の傍へとよる。

彼を身近で見るのは初めてだったが、夜でしかも雨が降っているために視界は悪い。

快斗は月でも出ていれば良かったのにと思わずにはいられなかった。

 

「今年は良く降るな。」

障子越しに響くのは雨音。

今年は冷夏になると、早耳の男が言っていた気がする。

 

「なぁ、新一。俺を見つけたのは誰?」

「ああ、歩美と元太だ。」

「元太?」

「そうか、光彦と元太はここには来ていなかったな。」

 

新一は少し哀しげな影を落として、3人のここにいる経緯を簡単に話した。

快斗の表情もどこか霞んだものとなる。

 

「親の敵が侍じゃ、ここには来れないね。」

「おまえは本当に変わり種だな。」

「え?」

「だって普通、侍がこんな事を聞いたらその侍を庇うだろ。

 歩美の言うとおり、快斗みたいな侍ばかりだと争いは少なくなるだろうに。」

 

快斗は暗闇の中で新一が拳を強く握りしめているのにふと気が付く。

あまりにも強く握りしめているせいか、爪が白い肌へと食い込んでいて・・・

それを見逃すことなど出来ず、快斗は無意識的に新一の手を掴んでいた。

 

 

 

あとがき

展開が早い気が・・・。

次回は、2人の仲が今回以上に急激に進展します。

なにしろ、中編につめこんだものですから(苦笑)

 

Back                      Next