Stage2 夕焼けが当たったかのような色彩の壁の立派な建物。 その前にあるのは整備された池。 水面にはシェーンブルグ宮殿が映っていて、 その場所だけがどこか時間に取り残されているような感じだった。 「シェーンブルン宮殿 。実名Schloss Schoenbrunn ハプスブルク家の夏の離宮。1441室のうちもっとも重要な 約40室が一般公開されていて、マリア・テレジアと その子供達が過ごした部屋、モーツァルトが御前演奏した部屋、 ナポレオンがウィーンを占領時に使った部屋、 皇帝フランツ=ヨーゼフや皇妃エリザベートが生活した部屋、 最後のカール1世が1918年退位宣言に署名してハプスブルク帝国が 640年の歴史に幕を閉じた部屋など、ヨーロッパの歴史の舞台を 見ることができる世界的に価値のある建物。 そしてあの有名なマリーアントワネットの実家。」 「さすが、由梨ちゃん。予習はバッチリみたいだね。」 「父さん。ちゃかさないで。 どうせ全て知っているんでしょ? ただ、血なまぐさい話から普通の会話に 戻そうと思っていっただけだから。」 建物に足を踏み入れながらそうスラスラと解説しはじめた由梨に 快斗は絶賛の言葉を贈ったが、どうやらそれは逆効果だったらしく 由梨の機嫌をますます損ねてしまったようだった。 「由梨。もうあの事件の話はしないから。機嫌直して?」 失敗した父親に変わって今度は姉の由佳が由梨のご機嫌取りにまわった。 はっきり言ってこの家で一番主導権を持っているのは、 母親と彼女なのかもしれない。 「由梨。悪かった。今からは休暇として過ごそうぜ。」 由梨の言葉に新一も悪かったとつくづく感じたらしく、由佳とともに謝る。 さすがの由梨も母親には甘いため、そこで皆を許すことに決めたようだった。 「次、事件の話題になったら、私1人で日本に帰るから。」 中学1年生にはとても冗談としてしかたられない言葉。 だが、ドイツ語も英語も話せる由梨にとっては それは学校から家に帰ることと同じ感覚でしかない。 それが本気の言葉と悟って、 他の5人は話さないよう視線で規制しあうのであった。 ・・・・・・・・・・ 「これが噂のマリオネット・・・。」 由梨は一番奥に飾られているマリオネットを見て感嘆の息をもらした。 その横にはエリザベートの等身大であるみごとな石の彫刻。 後ろの壁には彼女の肖像画が金の額縁に入れて飾ってある。 絶世のエリザベート。旦那とは一年ほどしか暮らさずに、 世界各地を旅行して廻った旅好きの女性。 そして、その旅行中に愉快犯に殺された。 美しいAngel tearsは窓辺から差し込む光を浴びて神秘的に輝いている。 「どこか、私と母さんに似ているかも。」 別に自分たちが絶世の美女と言いたいわけではない。 まあ、確かに母さんは美人だとは思うのだけれど。 それより、造りというかパーツが似ているのだ。 それに 「お母さんの瞳と同じ色・・・。」 よく似ていると言われるが、由梨は個人的に 母とは似てない部分があると思っていた。 それはこの蒼い瞳。 普通の人から見れば同じようだが、微妙に輝きが違うのだ。 母の瞳はダークブルー。 深海のように、深くどこまでも強い色。 大好きな母の色。 [あなたも一番綺麗と思うでしょ?その蒼い瞳が。]←[ ]はドイツ語です。 [ええ、凄く素敵。] その人形に見入っていた由梨は思わずそうドイツ語で返事を返してしまった。 しまったと思ったときは時、既に遅し。 だが、東洋系の顔をした女性は特に気にとめた様子もなく、 マリオネットを見つめていた。 「日本語の方がよかったかしら?」 「いえ・・・。」 「ふふ、貴女は似ているわね、彼女に。でも、少し違う。」 「私もそう思いました。」 黒い髪に黒い瞳。長身でほっそりとした体型。 上に束ねられた髪と銀のめがねが知的な雰囲気を漂わせていた。 「1人・・じゃないわよね。お母さんは?」 「いますけど。なぜそんなこと聞くんですか?」 「1人でいる中学生を心配してるからよ。」 「そんな顔には見えません。まるで、母に会いたがってるようにしか。」 由梨は彼女の瞳をじっと見据えながらそう述べた。 由梨の言ったこととは反対に女性の表情は 心配そうに見えるのだが、瞳は好奇心で輝いている。 由梨の言葉に女性はクスクスと声に出して笑った。 「さすがは、有希子の孫よね。私もそんな歳になったのか。」 「有希子おばさまの知り合い?」 「ええ、彼女とは従姉妹なの。 とはいっても私の方が15歳年下なんだけれどね。」 そう言って又クスリと笑った横顔が、 言われてみればどことなく有希子に似ている気がする。 「で、彼女の1人娘はどこにいるの?」 「えっ?」 ためらいもなく娘と言い切る女性に由梨は思わず どう返答を返せばいいのか分からなくなってしまった。 確かに今現在、母の戸籍は女と書き換えられている。 (もちろん優作のコネを使ってなのだが) それなのに、昔からの知り合いである彼女が なぜ母親のことを男と思っていないのだろうか? 「私も写真でしか見せてもらったことないけど、 きっと綺麗に成長しているんでしょ?」 そう言って女性は古ぼけた写真を由梨に見せた。 その写真に写っているのは女装した新一。 わずか6歳といったところであろうか。 −−−−有希子おばさま、従姉妹まで騙してたんだ。 まあ、その事が逆に今、役に立っているのだが。 「お母さんならもうすぐ来ます。私が先にここまで来ちゃったから。」 「そうなの。じゃあ、貴女は呼ばれたのかもね。このマリオネットに。」 その時微笑んだ女性の顔はとても冷たく由梨には感じられた。 「由梨。捜したんだぞ。」 「お兄ちゃんっ。」 女性の笑顔に思わず固まってしまった由梨だったが 横から届いた声に安心したように視線を移した。 安堵したような由梨の表情と日頃と違う自分への呼び方に雅斗は首を傾げる。 「どうかしたのか?」 由梨は雅斗の問いかけに黙って首を横に振って “なんでもない”とそう態度では表しながらも 由梨の手は小刻みに震えている。 「・・・この人、有希子おばさまの知り合い。」 雅斗は由梨がこの人物を苦手だと感じていることを 直ぐさま由梨の表情から読みとり、 由梨を自分の後ろに隠すようにして、女性に会釈した。 「黒羽雅斗君ね。」 「そうですけど、有希子おばさんと今でも親しいんですね。」 「え?ああ、名前を知っているからかしら? 有希子とはずいぶんあってないわ。 雅斗君のことは別の方面で知ったのよ。私、これでも刑事なの。」 刑事。 その言葉にポーカーフェイスを保っているものの 雅斗は裏の仕事もあるせいか、激しく動揺してしまう。 「刑事のあなたがなんで?」 「それは今回の連続殺人事件に貴方の家族が、 ていうより由希がかかわっているから。」 「母さんが?」 「ええ。まあ、その話は由希に直接するから気にしないで。 たいしたことじゃないの。そう言えば自己紹介がまだだったわね。 私はジェリー。ジェリー・峰藤よ。よろしくね。」 差し出された右手はとても冷たかった。 〜あとがき〜 なんか、話がすすでいないような。 由梨ちゃんが少しお兄ちゃんに甘えているところ書きたかったんで かけて良かったと自己満足はしてますけど・・・・。 |