Stage

 

「そろそろ、予約しているドナウ川クルーズの準備もあるから

ホテルに戻ろうか?」

「そうだな。」

 

ある程度、宮殿を見て回ったので快斗はふと手元の腕時計で現在時間を

確認すると、夕食も兼ねたクルーズのことを思い出してそう提案した。

 

ホテルに続く煉瓦道を歩きながら、辺りの町並みをゆっくりと見物する。

ときおり目に入るアンティーク店をチェックしながら

快斗と新一は明日の予定について話していた。

そんな時、由佳が何かを思いだしたように2人を呼びとめる。

 

「そうそうクルーズの予約、悪いけど4人ぶんキャンセルしたから。」

 

「「は?」」

 

「たまにはゆっくりしたいだろうってことで、4人で計画したんだ。

クルーズは夫婦水いらずで楽しんでこいよな。」

 

続けてそう述べたのは雅斗。

見ればその後ろに続く双子もちょっと照れ隠しのような拗ねた表情をしていた。

 

「私たちは有希子叔母様のかわりにパーティに参加することになっているの。」

「だから、2人で行ってこれば?」

 

少し驚いた表情で、快斗と新一が自分たちを見てきたので、

彼らが心配するであろう事を予測して納得のいく返答を返した。

 

まあ、もちろん本当のことなのだが。

 

「雅斗、由佳、悠斗、由梨。ありがとう!!」

 

快斗はそんな2人の言葉に、こぼれんばかりの笑顔でそう御礼を述べると、

おもわず我が子に人目もはばからず抱きく。

新一はそんな光景を何も言わずに幸せそうな表情をして眺める。

道行く人々も又、言葉は通じなくとも微笑ましい光景だということは

感じれるらしく、朗らかな表情となっていった。

 

「ちょっと、父さん。恥ずかしいだろ。」

「まったく、大げさなんだから。」

「母さんのことよろしくな。」

「そうそう、お母さんが明日も観光できる程度にしといてよ。」

 

ようやく父親を引き剥がして、4人はそう次々と忠告する。

その言葉に含まれる気持ちは様々だが、結局は楽しんできてということ。

 

「ありがとな。」

 

そんな気持ちが本当に嬉しくて、新一は心から笑顔でそう子ども達に告げた。

その極上の笑顔に免疫のないまわりの者達は殺到したとか、しないとか。

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

「じゃあ、あまり遅くならないうちにホテルに戻るんだぞ。」

 

ツアーで予約してあったスイートルームは一部屋、二階構造といった感じの

広い物だったそんな大きな部屋に新一の澄んだ声が響き渡る。

ちなみに新一はすっかりドレスアップしてより一層美しくなった姿で、

快斗もまた見事な紳士の装いとなっていた。

 

「大丈夫よ、お母さん。心配せずに楽しんできて。」

 

ちなみに見送りに来たのは末娘のみ。

後の3人はおそらく2階であろう。

 

「由梨。お土産に欲しいものあるか?」

「私たちもパーティには行くし、特にない。」

「お土産は笑顔で良いのよお父さんってことだね♪」

「自分で言うなよ、快斗。」

 

こんな風に会話をしながら快斗はふと由梨の視線の位置が

また上がったことに気がついた。

少しずつ成長している我が子。

考えてみればこんな風に一緒にいるのもゆったり会話をするのも

久しぶりのような気がする。

 

「お父さん?」

 

急に黙ってしまった父親を由梨は不審気に見上げていた。

昔から変わっていないそんなかわいらしい仕草に親ばかよろしく、

“こんな姿はそのままがいいな”などと思ってしまう

 

「ん、なんでもないよ。さあ、そろそろ行きますか。お姫様♪」

「誰が姫だよ!誰が。」

「出掛けまで喧嘩しないでよね。じゃあ、お母さんのことよろしくね。」

「まかせといて。お前らも気を付けろよ。ここは異国なんだから。」

 

苦笑しながら告げる由梨に快斗は最後にもう一度言い聞かせると

新一の手を取って部屋を後にした。

そんな両親の姿に相変わらず心配性だなとさらに苦笑する。

 

 

 

「さて、私も準備を始めなきゃ。」

 

由梨はそう呟くと

もう既に準備を始めているであろう姉の部屋に足を向けるのだった。

 

 

 

「ねえ、新一。あいつらって結構成長してたんだな。」

「ああ、それでジッと由梨を見ていたのか?

まぁ、最近、仕事が立て続けに入ってたからな、快斗も。」

 

「ああいうときってなんか嬉しくなるよね。」

 

夕方の町は昼間歩いてきたときとは違う雰囲気を醸しだしていた。

日本よりも就業時間が短いためか、道路は帰路を急ぐ車でごった返している。

あの中の何人ともいう人が、家に帰るのを楽しみに運転しているのであろう。

快斗はそう口走りながら、国は違っても

同じ父親という立場を持った人々を身近に感じていた。

 

「まあ、思い出づくりは大切だな。」

「そうだね。」

 

つないだ手の体温をお互い感じながら、

この国のゆっくりと穏やかな時間の経過を楽しむ。

どうか、何事も起こらずに帰国の日を迎えられるようにと願いながら。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

「準備、できた?」

 

由梨は軽くノックをすると姉と自分の部屋に入った。

 

そこには由梨の知っている姉ではない姉が立っている。

とてもじゃないが、中学3年には見えず、

どちらかというと20代半ばの女性だ。

 

「どう?チャイナで決めてみたんだけど?」

 

背の高いヒールを履いて、金糸の入った赤色の上品なチャイナドレス。

由佳がいうにはコンセプトはハーフ系の日本人。

 

「まさか、ここまで来てKIDをやるとは思ってなかったわ。」

 

「しょうがないじゃない。本物のAngel tearがこのパーティの

オークションに出されるんだから。FBIにもこれを盗む許可が取れたし、

なによりお母さんを守る為には必要かも知れないでしょ?」

 

由佳は鏡に向かって、緋色の口紅を丹念に塗りながらそう返事を返した。

 

 

この情報を手に入れたのは、本当に偶然。

こちらで起こっている事件について悠斗が興味を持ち深く調べ上げてみたら、

あのマリオネットの瞳に入れられたAngel tearが本物ではないことが分かった。

 

文献に寄ればAngel tearはマリオネットの創設者が

愛する人の瞳をその人形に入れ込んだといわれている。

エリザベートを象ったマリオネットと愛する人を重ねてみていたのだろうか?

 

だが、目は腐敗してしまうため特殊な技術を用いて

瞳だけを高価な宝石に替え、あとは本物の目玉なのだそうだ。

そして未だにその方法は証されていない。

 

「腐らない目と偽りの瞳ね。それにしてもわざわざ愛する人から

目を取り出すなんて、尋常じゃないわ。」

 

「後で調べて分かったのだけれど、マリオネットの創設者の愛する人は上流貴族。

身分違いの恋で、いくら愛し合っていたとはいえ、彼女が病で

亡くなったとしても遺品の1つもその家から渡されなかったらしいわ。

それでも、こっそり遺体から目を2つ盗み出すのは、

確かに尋常じゃないわよね。まぁ、とにかく由梨も着替えなさい。」

 

由佳はそう言って己のものと色違いの碧のチャイナドレスを渡した。

スリットが深く入ったその服を受け取って、思わず由梨は目を細める。

 

「これを着ろって?」

「しょうがないじゃない。有希子おばさまに事情を話してようやく

手に入れた招待状には姉妹として書かれているんだから。」

 

「姉さんがこんなの着るからよ。いっとくけど今日だけだからね。」

 

由梨はそう言いながら碧の美しいチャイナに身を包んだ。

 

 

「雅斗っ。そろそろ行くわよ。」

「あ?ああ。」

 

隣の部屋をノックもせずに由佳は乱暴に空けた。

急に入ってきた由佳に驚く仕草も見せずに雅斗は返事を返す。

 

ちなみに悠斗はベッドに寝ころんで本を読みあさっていた。

 

「なかなか決まってるじゃない?大怪盗さん。」

「お褒めにあずかり光栄ですよ、紺碧のお姫様。」

 

後ろから入ってきてそう感想を述べる由梨に

雅斗はそういって優雅にお辞儀をする。

 

服装は蝶ネクタイなど付いていない黒のスーツ。

胸元のボタンは上から3つ目ほどまであいていて、

そこには金色の十字架が光っていた。

そして彼も又、20半ばの男性となっている。

 

「悠斗。着替えて寝ころんだらしわになるじゃない。」

「あ?ああ。わりぃ。」

 

のっそりとめんどくさそうに立ち上がった悠斗の格好も

兄に劣らず凛としたものだった。

白のタキシードだが中学生が身につけても違和感がないほど堅苦しくなく、

蝶ネクタイの替わりに、赤い細めのリボンで蝶結びされていた。

 

「悠斗。これ。」

 

そんな形容の片割れを見ながら、

由梨は思い出したようにある物を悠斗に手渡した。

 

 

渡した物。

 

それは拳銃。

 

「中は一応、睡眠針に替えて置いたけど、

必要になればそこのボタン一つで普通の拳銃としても使えるわ。」

「おう、サンキュ。」

 

悠斗はそう礼を返すと拳銃を胸元に押し込めた。

今回は普通のパーティではない。

裏の顔の者達が集まる、極秘のオークションなのだ。

何が起こるか分からない場所では、己の身は己で守る。

これが、常に危険と隣り合わせの黒羽家暗黙の了解であった。

 

「失敗はしないでよ。兄さん。」

「もちろん。」

 

両親に内緒で始まる、KIDのオーストリアでのショーが

今まさに幕を開けようとしていた

 

あとがき

4人でパーティ、そして新一君と快斗君は船の上♪

いろんな事件が起きそうな感じしません?

 

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