Stage11 午後11時を廻ってもなお、ロビーには多くの人が居た。 今からチャックインする人や、夜中の飛行機で帰る準備をしている人など様々だ。 新一はそんな騒がしい人々の間を抜けて、カウンターのベルを押す。 チリーンとどこか懐かしい音がして、それと同時に中から女性の従業員が出てきた。 [こんばんわ] [こんばんわ。黒羽由希宛に荷物が届いていませんでしたか。] [黒羽様ですね。少々お待ち下さい。] Kurobaという日本語の名字を発音しにくそうに反復すると、 従業員は又扉の向こうへと消えた。 新一はそれを見送りながら先ほどの電話の内容を整理し始める。 『I'm a marionette. My angel tears, let's play game together.』 ------私は操り人形。私の天使の涙よ、私と一緒にゲームをしよう。 「Game?」 ------ゲーム? 『Yes. I am sure that you like it. First of
all, please go to the lobby, and take the luggage to you. 』 ------ええ、貴女も気に入ってくれるはず。 まず、貴女宛の荷物をロビーに取りに行って。 「After that, what should I do?」 ------それから、何をすれば良いんだ? 『It understands if going. See you my angel.』 ------行けば分かるわ。それじゃあ、またね、私の天使。 ボイスチェンジャーを使った声では、性別も年齢も判断することは不可能だった。 しいて言えば、英語に不自然ななまりがなかったというだけ。 [黒羽さん。お届け物はこちらです。] [ありがとうございます。] 思考にはまっていた新一は従業員の声に反応して顔を上げた。 そして、視線に飛び込んだ荷物はなんのへんてつもない、花束。 いったい、これで、どうしろというのか。 「ここに来れば分かるとマリオネットは行ったんだよな?」 日本では見たことのない小さな黄色の花びらを眺めてみても、 その真意を測り知ることは出来ない。 “それなら・・・”そう思って新一が手に取ったのはメッセージカードだ。 案の定カードには流麗な筆記体でメッセージが書かれていた。 -------親愛なる天使の瞳へ。必ずその瞳が私の手元へ来ることを願っています。 それでは、地図の場所で会いましょう。マリオネット。 「おもしれーじゃん。せいぜい楽しませてくれよ。操り人形さん。」 新一はそのカードにその他仕掛けがないことを確認すると、 グシャグシャに丸めてゴミ箱に投げ入れた。 「ホテルまで突き止めたって事はそうゆっくりも出来そうにないな。 しかし、これどうするんだよ。」 楽しみなのはマリオネットとのゲーム。 だが、手の中にある花束は余計な産物だと新一はそれを恨ましげに見るのだった。 「届け物は?」 「あ?ああ。なんか手違えだったらしくって、取りに行かなくちゃいけなくなったんだ。 けっこう重要な物だから、明日には行こうと思ってる。」 部屋に戻った新一が手ぶらで帰ってきたことを不思議に思ったのか、 快斗は新一にコーヒーを手渡しながらそう尋ねると、新一はあっさりとした答えを返す。 だが、その返答に反応したのは会話をしていた快斗ではなく由佳だった。 「うっそ。明日はハプスブルグ家の皇帝の居城、ホーフブルク王宮に行って、 リンク通りでショッピングを楽しんだ後、食事をして、 今日、行けなかったドナウ河の定期観光船に乗ろうと思ってたのに。」 「随分と綿密に計画たてたんだな。」 雅斗は感心と言うよりも呆れを含んだ言い回しで、そう呟く。 それに対して由佳は当然だと言うばかりに、グっとパンフレットを握りしめて語り始めた。 「あたりまえでしょ。そう、何度も来れるわけじゃないんだから。 いい、こんな時に身につけた知識っていうのは・・・・ ・・日本のことわざでも百聞は一見にしかずって・・・・ ・・・・つまりね・・・・・・・・・・・・・」 「又、始まったか。」 「由佳の旅行論だね。」 旅行の計画はなぜか、いつも由佳がたてている。 どうやら、園子の影響もあるらしいが、この手の話が始まると、とにかく長いのだ。 悠斗と由梨は被害に遭わないようにと、さっさと自室へと戻っていったが、 今回地雷を踏んでしまった雅斗はそう言うわけにもいかない。 とにかく、この様な状況になった場合、逆らわずに黙って聞くことが一番手っ取り早いのだ。 快斗は由佳と雅斗の会話をBGMに聞きながら 新一の隣に腰掛けるとそっと彼の肩に手を回す。 新一はその手を気にすることなく、ジッとウィーン周辺の地図とにらみ合っていた。 「新一、明日俺も行って良い?」 「俺の返答分かってて聞いてるんだろう?」 パサリと地図をおろして、快斗の肩にコトリと頭を預けると 新一はニッと笑ってそう呟く。 快斗はその返答に苦笑いするしかなかった。 「何が起こっているか、だいたい予想はつくけど、無理するなよな。」 「お前には敵わないよ。ほんと。」 何も言っていないはずなのに、快斗の表情は困惑と言うよりも心配と言った感じだった。 これから、起こることを2人とも昔から培ってきた第六感というもので、 感じ取っているのだ。ただごとではない、何かを。 それは、きっと生きるか死ぬかのギリギリのライン。十数年前と同じで。 「とりあえず、発信器は持っていけよ。」 「ああ。」 快斗は目を閉じてくつろいでいる新一のこめかみにそっとキスを落として、 新一の手に小型発信器を持たせるのだった。 あとがき さて、次回は事件編。推理物です。ああ、不安でたまらない・・・。 |