Stage15

来るはずの痛みはいつまでたっても来ることはなく、

その変わりに聞こえたのは、聞いてるこっちが痛くなりそうなほどの断絶音だった。

 

[いてぇーーー。]

[誰だよてめぇ!!!]

[俺?俺は彼女の旦那、名前をゲス野郎に名乗るほど暇じゃないんでね。

それよりよくも俺の新一を泣かせてくれたな。死ぬ覚悟は出来てるんだろう。]

 

「泣く?・・・。」

ようやく、コンタクトがとれて目を開けると予想通りの人物が予想通りの行動をとっていた。

どうやら、コンタクトのせいで出てきた涙を勘違いしたらしい。

 

「お母さん。大丈夫?」

「由佳。」

横を見れば心配そうな由佳の顔。

その後ろには悠斗が由佳と同じ表情をして見ていた。

 

[父さん。こいつらどうする?]

[すまきにしてドナウ河にでも流せば?]

[おっ、由梨ちゃんナイスアイディア。]

雅斗はひとりの男の腕を捻って先程の看板に押しつけ、

快斗は片手で軽々と残った男の首根っこを持ち上げていた。

それを見ながら冷酷な言葉を発するのはもちろん由梨。

 

わざわざ、理解できるドイツ語で会話するのも彼らの恐怖心をあおるため。

そして、彼らの思惑通り、男達はガタガタと震えて助けを請うていた。

 

「何かあったのか?母さん。」

一通り粗大ゴミを片づけた後(どこにかはご自由にご想像下さい)

手に付いた砂ぼこりをパンパンとはたいて

雅斗は由佳、悠斗と共にいる新一に近寄った。

 

 

 

 

リンツの船着き場についてすぐ、最初に耳に飛び込んできたのは男達の怒鳴り散らすような声。

いったい何処のちんぴらがからんでいるんだ?と

のんきに思いながら雅斗は誰よりも早く船を下りた。

 

そして、見つけたのは誰よりも大切なたったひとりの母親が皮肉下に男達に言い返す姿。

日頃は争いごとにならぬようにと、めったに由梨のような毒舌を吐くことはないはずなのに。

 

「なに、固まって・・・・ちょっと、お母さんじゃん。あれ。」

 

見なれない光景に固まっていた雅斗を不審に思って、由佳は冗談交じりで

肩をトンッとぶつけたが、その先にいる人物を視線に止めて思わず凝視してしまった。

 

「お母さんが喧嘩するなんて珍しい。って、なんか様子変じゃない?」

 

相手のみぞおちに素早く一発決める新一に感心しつつも、

次への攻撃への防御が出来ていないことに由佳は気づく。

 

その瞬間となりをものすごい速さで誰かが通り過ぎた。

 

 

「さすが、父さんだな。」

「お母さんに手を出す奴に遠慮なんかしたら許さないからね。」

もちろん、それは彼らの父親である快斗。

その後ろから続いて出てくる悠斗と由梨は感心というか、当然と言った感じで

その行方を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「母さん?」

数分前の出来事を回想しながら、雅斗は答えない新一をもう一度呼ぶ。

新一はそれに対してどう答えて良いかどうか分からないと言った表情をしていた。

 

「まあ、新一に怪我がなかったからいいじゃん。」

「下等人間も処分したことだし。」

「由梨、お前どこにあいつら連れて行ったんだ・・・。」

「聞きたいの?」

「・・・遠慮しときます。」

 

 

 

「ごめん。まだ、言えない。」

新一の気持ちをくみ取って話題を変える快斗や由梨。

そして、それに合わせていく雅斗と由佳と悠斗に新一は本当に悪いと思ったが、

まだ言うわけにはいかなかった。

 

言ってしまえばおそらく彼らにも操り人形の毒牙が迫る。

あんな、辛い思いをするのは自分だけで充分だから。

 

 

「無茶だけは、絶対にしないって誓って。お母さん。」

由佳は辛そうな表情をしている新一をこれ以上見たくないと言う思いから、

本当は全てを話して欲しいという気持ちを押し殺して、やわらかく微笑みかける。

それに、新一もホッとしたようにコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

何事もなかったのかのように6人は和やかに会話をそれぞれ交わしながら、

ドナウ河に沿うようにして歩いていく。

冬が近いせいか日暮れは早く、水面が夕日できらきらと光り輝いていた。

 

それから暫くして、城へと通じる路地に入ろうと曲がった瞬間、

後ろから派手なクラクションの音が響き、

何事かと振り返るとそこには赤の派手なオープンカーが止まっていた。

 

「覚えてます?」

 

サングラスをかけた男が車から降りてくる。

夕日をバックにしているためその顔を確認することは不可能だが

その声は忘れたくとも忘れることが出来る物ではなかった。

 

「優也さん・・・でしたよね。」

「組織に戻ってお二人のこと少し調べさせて貰いました。」

 

問いかけた快斗の言葉に軽く頷いてサングラスを外すと彼は少し申し訳なさそうに笑う。

“どうしてもお二人のことがきになったんで”そんな感情を含んだ表情だった。

 

 

「本当にプロか?」

「俺、ポーカーフェイス苦手なんですよ。」

コロコロと変わる表情に新一は思わずそう漏らしてしまう。

日常なのだから使い分けているのかと一瞬思ったが返答から察するにそうではないらしい。

 

「それで?何のよう。」

「あ、そうそう、忘れるところでした。

今日は上から頼まれてお二人に重要な物を・・・・ってあれ?

おかしいなここに入れたはずなんだけど・・・・。」

「なんだか、高木刑事みたいな人ね。」

 

がさごそとバックを地面に広げて物を探し出す格好は見れたものではなく、

周りの人々もクスクスと笑ったり、冷めた視線を向けたりと

そばにいるだけでこっちが恥ずかしくなるほどだった。

 

だが、そんな姿に由梨は嫌悪感と言うよりも

むしろ親近感が沸きクスっと柔らかな笑みを漏らす。

 

 

「で?あったのか?」

「どうやらホテルに忘れて来ちゃったみたいです。」

 

ようやく荷物を全て片づけ終えた優也の答えはやはり予想通りの物だった。

カリカリと頭をかきながら“おっかしーな”と首を何度も傾げる。

 

「あの、明日直接、届けに行きます。」

「明日は観光だけど?」

「じゃ、じゃあ今夜にでもホテルの方に。では、またあとで。」

軽くお辞儀をして慌てて車の方へと走っていくのはどうも見ていて危なっかしかった。

 

 

「ところでどこのホテルに泊まっているのか知ってるのか?あの人。」

「さあ、知らないんじゃない。」

 

彼を見送ることなく歩き出した両親とさらにその前を行く兄と姉を追うように

歩くスピードを速めながら、悠斗と由梨は今頃上司に怒られているであろう彼のことを考えて

クスクスと笑うのだった。

 

あとがき

今回のテーマは大事にされている新一君ってことで。

でも、戦うシーンがうまく表現できなくて文章力の乏しさを痛感させられました(苦笑)

 

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