Stage16

 

リンツ城は1800年火災に遭ったのち兵舎として再建され、

1963年博物館となって以来先史時代、古代ローマ、中世、民俗学などの

コレクションが展示されていた。

 

展示品の例を挙げると

ベートーヴェンが使用していたピアノ、由梨の興味分野である自然科学など

その膨大な量に、途中からは見ると言うよりも

通り過ぎるという形になってしまっても無理はない。

彼らも例外なく、最後の展示室を見終わる頃には疲れ切っていて

休養のため中庭に出て、ベンチに腰を下ろした。

 

「ねえ、さっき教会が見えたんだけど、後で行かない?」

すっかり疲れ切った5人の前に立つと、由佳は中庭の先、

つまりリンツ城の裏手にある教会へと視線を向ける。

だが、他の5人は教会に興味がないわけではないが、

疲労感から生返事さえ返っては来なかった。

 

「ちょっと、人の話聞いてる?あの教会は有名な・・・えっと名前は確か・・・・」

由佳は5人の興味を引こうと、リュックから観光ガイドの本を取り出す。

そして付箋の貼ってあるページを一枚一枚確認していき、

ようやく目的の場所の紹介をしてあるページを見つけたのか、声を高らかにして話を続けた。

 

「あの教会はね1200年の歴史を持つマルティンスキルヒェ教会って言って

オーストリア最古の教会なのよ。ね?行こうよ。」

「由佳、ひとりで行って来いよ。俺、マジで疲れた。」

「私もパス。」

「俺も〜。」

由佳の努力もむなしく、雅斗の声を筆頭に、由梨、悠斗の順で

手で×印を作ったり、首を横に振ったりと、不同意の声が続く。

そして、最後の頼みとばかりに両親のいる方へ視線を向ければ、

両手を合わせて“ゴメン”と言っている父親の姿が見えた。

 

よくよく見れば、よっぽど疲れたのであろうか、

新一が快斗にもたれかかるようにして寝息を立てている。

 

「じゃあ、ちょっと待っててよ。」

由佳は5人とも全員無理だと判断して、

大げさにため息をつくと中庭を抜けて裏手にあるマルティンスキルヒェ教会を一路目指した。

 

しばらく歩くと、野バラが咲き乱れる場所があって、

その奥にひっそりと小さな教会が建っていた。

近くには、ここがオーストリア最初の教会であることを示す石碑がひっそりと立っている。

 

パンフレットよりもこぢんまりとした教会ではあったが、

由佳は一目でこの教会を気に入ったらしく小走りで入り口の方へと向かう。

だが、入り口にはドイツ語で“ミサ以外の日に立ち入りは出来ません”とのプレート。

 

「嘘でしょ?もうっ、ついてない。」

 

由佳は腰に手を当てて本日何度目になるか分からないため息をつく。

こんなに可愛い教会に入れないなんて残念だなっと思う反面、

このお陰で今もこの教会が綺麗なまま建っているのだということも又事実で・・・。

 

由佳はとりあえずガラス張りのドアから中を覗く。

本当にありふれた教会だったが、陽光がステンドガラスから差し込み、

そこにはまるで汚れた物は立ち入れないといった神聖な雰囲気がある。

怪盗KIDの手助けをやっている自分を恥じてはいないし、むしろ誇りに思っているのだが、

なんとなく、自分はここに入れない人間だなと感じた。

 

 

自分だけの、信念、プライド、誇り・・・・そして・・・自信。

 

 

由佳が昔から欲しい物はそれだった。

KIDの助手という位置だって、兄の雅斗がいなければ意味もない、

完璧な兄弟達と両親だからこそ、劣等感は常にある。

 

家族の誰にも負けないもの。

それが無いと気づいたのはいつ頃だっただろうか?

 

「あ〜。もうっ。1人になるとどうしてこうナーバスな気分になるんだろうっ。

もうそろそろ戻ろうかな。」

 

由佳はピョンッと野バラの植え込みを飛び越えて、家族の居る中庭へと走っていく。

リンツの街を吹き抜ける冷たい風が、今の由佳の心にはほんの少し痛く感じた。

 

 

 

 

 

城館からゆっくりと歩いて旧市街へ向かうと、

中央広場のバロック様式のファーサードや旧市庁舎、

天に向かってそびえ立つ三位一体柱が見えてきた。

その広場から続くラントシュトラーセ通りにある

シニミット門へと拡がる歩行者天国で、ゆっくりショッピングを楽しんだ後、

6人は2時間かけて、ホテルのあるウィーンへと舞い戻る。

 

 

 

 

「3日後の早朝にオーストリアを発つから、旅行もあと2日か〜。早いよね。」

「そうだな。5泊6日といってもそのうちの2泊は飛行機の中でだから、

実質4日しかオーストリアには滞在できないし。」

 

夕食をホテルの中で澄ませた後、

由佳と新一はこちらのニュース番組を見ながらベットに寝転がって会話をしていた。

 

1日目は飛行機宿泊、2日目は早朝についたため全員ダウンで半日ゴロゴロとホテルにいて、

午後からはハプスブルグ家の夏の離宮である シェーンブルン宮殿に行き、

その夜はKIDに事件と忙しかった。

そして3日目の今日はリンツ観光。

 

明日の午前中は各自自由行動にしようと決めたのは先程の夕食の時。

 

「そういえば、あのインターポールの人、来るのかな?」

「さあ。ホテルの場所なんてそう簡単には見つからないはずだし、

来るのは明日の午後だろうな。ところで他の奴らは?」

 

新一はのっそりとベットから起きあがるとカラーコンタクトを外して、

ふと時計へと視線を向けた。

 

時刻は午後8時。

もう睡眠をとっているとは考えられない。

 

「なんか、散歩だっていってみんなどっかいっちゃった。」

「ふ〜ん。じゃあ風呂でも入ってくるか。」

 

テレビに視線を向けたまま返事を返した由佳だったが新一の“風呂に入る”

その言葉を聞いてバッとベットから飛び降りた。

そして、新一と同じようにカラコンを外し、

化粧台の前にそれを置くと、新一の腕へと飛びつく。

 

「一緒に入ろっ。お母さん。」

「ああ?別に構わないけど狭いぞ。」

「大丈夫。この部屋スイートだし。」

「そっか。」

新一はもう中学3年ともなるのにあどけなさの抜けない由佳に苦笑しながら

承諾の返事を返すのだった。

 

あとがき

今回の主役は由佳ちゃんかな?快新要素が相変わらず薄い・・・。

私的に彼女は一番、表面上は脳天気だけれどけっこう悩んだりするタイプだと思うので。

今回の事件を通して、いろいろと悩んで成長する予定です。

 

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