Stage20 外へと続く扉を開けると昨日とは違って、霧はなく穏やかな空が広がっていた。 だが、今の雅斗にそんな天気をのんびり楽しむ暇はない。 「ドナウ河は、あっちか・・・。」 鮮明でない記憶を、どうにかかき集めて、昨日通った道を思い起こす。 石畳の坂を下って、ドナウ河に出ると、ジェニーの言葉通り警察が数十名捜査をしていた。 橋の方には野次馬が集まっていたり、報道局がカメラを回していたりと、ごった返していて、 とてもではないがあそこまで行けそうにはない。 雅斗はとりあえず先にここに来ているであろう快斗を捜す。 新一への感情は、悔しいが快斗には絶対に勝てないと雅斗は昔から感じていた。 それだからこそ、新一の行方が分からない今、冷静でいるかどうか不安でもある。 ひょっとしたら、無茶をして、この冷たい河に再び潜っているかも・・・。 「雅斗?」 「父さん。」 「何してるんだ?」 「とう・・・さん?」 まるで、何もなかったような表情の快斗を見て雅斗は言葉に詰まった。 新一が居なくなったはずなのに、そこには動揺の様子さえ見受けられない。 まさか、こんな時にポーカーフェイスをするはずもないだろう。 「母さんのこと、心配じゃないのか?」 同時にわき上がってきた怒りを、雅斗は快斗へぶつける。 取り乱して狂ってしまうのも困るが、こんなに冷静でいられると 今までの新一へ向けられていた愛情の気持ちを疑ってしまう。 「それは、とんだ愚問だな。」 雅斗の言葉に、快斗の視線は殺気を含んだ物となった。 その視線に最大の失言をしてしまったことを雅斗は気づかされる。 「わりぃ。だってあんまり落ち着いているから。」 「こんな事は初めてじゃないし、新一は俺を置いて死ぬような奴でもないしな。 それと、この新聞で新一の居場所が分かったんだよ。」 快斗は、うつむく雅斗の頭に優しく手を乗せて、軽くポンポンと叩いてやった。 不安を背負ってここまでやってきた息子に今の視線は少し手厳しかったなと 自己反省しながら。 雅斗は快斗のそんな感情を素直に受け取ると、新聞をのぞき込む。 そこには、よくある伝言メッセージの一覧。 お誕生日のお祝いや、同窓会の招待状など僅かな覧にぎっしりとメッセージが載せられている。その中に、何とも不可思議なメッセージがあった。 「無駄にうたた寝している間に、誘拐されてしまった者へ 天使の瞳が紅く染まる前に感情のない者達が多く集まる場所に 光と闇の石を持って来られたし・・・これって暗号?」 「暗号にもならない。こんな簡単なものじゃね。」 快斗は雅斗に新聞を渡すとくるりと方向を変えて歩き出す。 雅斗にはまだ、暗号の意味が理解できていないでいた。 「父さんっ、どこに行くんだよ。」 「まずは、あいつらを叩きおこさねーといけねーだろ?時間がない、急ぐぞ。」 「あ、ああ。」 雅斗は快斗を追いかけながら、新聞にもう一度視線を向ける。 そして、再び視線を前方へ戻したとき、そのメッセージの意味を完全に理解していた。 ++++++++++++ 暗い空間に、ハイヒールの音が木霊する。 新一は目を開けてその方向に視線だけを向けた。 「帰ってきたのか?」 「ええ、どう調子は?」 「最悪だな。」 両手両足をユリいっぱいの木製の棺の中に固定されて、 新一の腕には点滴の針のような物が刺さっていた。 だが、それは何かを体に補給するために繋がっているのではない、 体から血液を奪うために繋がっているのだ。 そう、新一の血は昨晩から少しずつ抜かれていた。 体はだるさを感じ、呼吸することさえ億劫に思える。 「さて、どこまで話したかしら?」 「おまえの父親がここの責任者になったところまでだ。」 「ああ、そうだったわね。」 ここに監禁されて14時間余りがたっただろうか。 まあ、最初のうちは意識がなかったから記憶のあるうちでは10時間ほどだ。 その間、監禁を指示した彼女の昔話をずっと聞かされていた。 「私の父は話したとおり、人形作りやからくりを作る名人だったの。 その腕をかわれてここの最高責任者までなったわ。 あの事件が起こるまで私たち家族は本当に幸せだった。」 「Angle tearsをKIDが盗んだことだな?」 「ええ。付け加えればKIDに私の父は殺されたも同然なのよ。 私の夢は亡き父の夢を叶えること。 より本物に近い、最高のエリザベートのマリオネットを作るのよ。」 そう言って、彼女は横にある物体にかけてある布をバサッと取り外すと、 布の下から現れたのは展示室にあったものよりも精密に出来たマリオネット。 瞳は入れられていないが、肌の質感や髪の毛は本物の人間と言っても過言ではない。 「あなたにやっぱり似ているわね。 もうすぐ、この体にあなたの血で染めた緋色のドレスが着せられ。 そして、最後に瞳が入れられる。色あせることのない蒼い本物のAngle
tearsがね。」 「狂ってるな。」 「ふふ、そうかもね。ああ、それと私のもう一つの夢を教えてあげるわ。 それは、KIDへの復讐よ。」 言葉と同時にすばやく拳銃を胸元から引き出した彼女は、それで迷うことなく 壁に貼ってあるKIDの古びた写真にねらいを定めて、銃弾を放った。 “次は本物にね”と楽しそうな笑みを浮かべて。 +++++++++++++++ 「お父さん、雅斗っ。」 ドナウ河沿いの公園を出て、石畳を駆け上がろうとしていたとき、 横からクラクションが聞こえた。 「由佳、おまえその車・・・。」 「さっき借りてきたのよ。乗って。ああ、お父さんは運転席にね。 さすがに私が人通りの多い道を運転してたら職質かけられちゃうし。」 運転席のドアを開け、由佳は変装を解く。 さすがに、中学生では車を貸しては貰えないので変装したが、 基本的に由佳は自分の偽りの姿を作り出すことには前々から抵抗があったために、 昔から必要最小限しか行わなかった。 急いで、車に乗り込んで快斗はアクセルを踏み込む。 目指すのはサルツブルグにあるマリオネット劇場・・・。 そう、あの暗号の一文にある“感情のない者”とは操り人形のこと。 そして、それが多く集まると言えば、サンルツブルグにあるマリオネット劇場に他ならない。 「サルツブルグまでのここからの距離は320キロ・・。東京から名古屋ぐらいの距離ね。」 由佳は助けてもらった老婦人の家で同じ記事を見つけていたらしく、 時計を見ながら、母親がどれだけ耐えれるかどうかを検討していた。 元々体力のない新一だ。 少なくとも10時間以上は梗塞されているとして、 あのドナウ川での衝撃による体力低下まで含めればそうのんびりもしていられない。 雅斗は由佳の持ってきた鞄から小型のパソコンを取り出して、 サルツブルグまでの空港便を捜す。 30分後に出発の飛行機が一便有った。 「飛行機が一番早いな。50分くらいだろ?」 「でも、空席がすぐにとれればの話しだけど・・・。」 由佳はパソコンをのぞき込んでから、車を運転する快斗に指示を仰いだ。 「なんとかなる。とにかく時間ないし、飛行機で行くぞ。」 あとがき ついに、20話代に入りました。 予定では、あと7,8話で終わると思います。 |