家の周りに不穏な気配を感じてから1週間が経ったころ。 快斗が買い物に出かけている時に工藤邸の電話が鳴り響いた。 日頃は各々の携帯電話に掛かってくるため、家電に掛かることはほとんどない。 時折、事件の依頼もあるが、それもまたもっぱら今は携帯が中心である。 新一は誰だろうと首を傾げつつ、 読んでいた小説をテーブルに置くと電話へと手を伸ばした。 〜よひのくち〜 「もしもし。」 『あ、快斗!?今日の約束、結局どうするのよ。本当に来れないの?』 電話口から響いた声は、快斗の幼馴染である少女、青子のものだった。 どうやら快斗と勘違いしているらしく、新一が口をはさむ暇もないほどに 次々と怒りの混じった声で話していく。 話から察するに、今日は青子の誕生日パーティらしく、 毎年参加の快斗が不参加のためどうにか最後の悪あがきにと ここに電話をしたという運びだった。 『ちょっと、快斗。聞いてる?』 「えっと、中森さん。快斗なら今、出かけてて。」 『あ、ひょっとして工藤さんだった!?』 青子は未だに新一が男ということを知らないため、転校後は会っていない。 どうにも騙しているようで後ろめたさもあるが、 彼女を巻き込まないためにも距離は必要だった。 快斗が新一の家に居候していることは青子も知っているため、 ここに電話してきたのだろう。 だが、新一が電話に出る可能性は無意識に考えから消し去っていたのかもしれない。 少しトーンの下がった青子の声に新一は罪悪感を感じた。 『工藤さん、元気にしてる?もう、皆寂しがってるのよ。突然転校しちゃうし。』 「うん、ごめん。本当に・・・。」 『謝ってほしいわけじゃないの。何か事情があったんだろうって分かってるから。 元気ならいいの。それと・・・快斗のこと、お願いね。あいつ結構寂しがり屋だから。 大事なものを失うことを極端に怖がるところもあるし。一人にしないであげてね。』 青子の言葉に新一は次の言葉が見つからない。 同じ言葉を、村に戻る前にも言われていた。快斗の母から。 『快斗があなたを必要としていることは分かったわ。だから、あの子を一人にしないでね。』 あれほど反対していた快斗の母親の言葉があったからこそ 暗い世界からこの世に戻ってこれたと言っても過言ではない。 快斗を一人にしてはいけないと、もう二度と。 『工藤さん?』 不安そうな青子の声が耳に響く。 「あ、ごめん。同じことを快斗のお母さんからも言われたから、ちょっと驚いて。」 『そっか。余計なことだったね。ごめん。』 「そんなことないよ、ありがとう中森さん。快斗、パーティに行かせるから。 ・・・それに、さ。中森さんも快斗にとって失いたくない大事な人だよ。」 『ありがとう。私にとって工藤さんもそうだよ。って、もう恥ずかしくなっちゃった。 工藤さんも一緒に来てね、パーティ。待ってるから!!』 断る時間もなく切れた電話を新一はジッと見つめた。 パーティに自分はいけない。だけれど、せめて快斗には行ってほしいと思う。 「最近の快斗は過保護すぎるし。」 結界を張り、夜は気を巡らせ、アヌビスやフォルスと共に原因追及をしていることを 新一が気づかないはずもない。彼らは新一を守ろうと必死に動いてくれているが 新一とて、彼らを守りたいし、彼らの時間を大事にしてほしいのだ。 だからこそ 「絶対パーティに行かせてやる!」 新一はそう決意すると買い物から戻る快斗をリビングで待つのだった。 「いい?絶対に家から出たらだめだからね。それと・・・。」 「分かったから。もう耳にタコができるほど聞いた。早くいかないと遅れるぞ。」 玄関先で同じことを繰り返す快斗に新一は盛大なため息をつく。 戻ってきた快斗を説得すること1時間弱、 どうにか快斗は青子の誕生日パーティに行く気になったようだった。 だが、それでも心配なことに変わりはなく、 決めてから準備する間もこうして新一の身を案じている。 隣では呆れたようにフォルスが主を見上げ、 ダイニングに居るアヌビスは大きな欠伸をかみ殺していた。 『さっさと行って来いよ。新一なら俺が守ってるし。』 「けどさ。」 「アヌビスの言うとおりだ。それに、もしもの時はお前がすぐ駆けつけれる。そうだろ?」 頬を子供の用に膨らませる快斗に苦笑しつつ、新一はその頬に手を伸ばす。 彼の暖かな手がほほに触れて、快斗は自然と眉間に寄せたしわをゆるめた。 「本当に新一には敵わないなぁ。分かった。行ってすぐ帰ってくるから。」 「ばーろ。のんびりして来いよ。」 頬に寄せた手で軽く頭をはたいて、新一は快斗の背中を押す。 「ちゃんと家で待ってるからさ。」 「うん。行ってきます。アヌビス、新一のこと頼んだぞ。」 『もちろんだ。』 のんびりとダイニングから玄関に来たアヌビスはふんっと鼻をならす。 まるで、そんなことは当たり前だと言わんばかりの態度に快斗は肩をすくめ 『本当に頼んだぞ。』とつけたして家を後にしたのだった。 ダイニングに戻ると、テーブルに買い物袋がのっていた。 返ってきた瞬間、バタバタと準備させ、 すっかり快斗が買ってきていたのを忘れていたのだ。 中をのぞけば、豚肉と野菜などが入っており、 今夜のメニューを推理してみるが、いかんせん情報が少ない。 相変わらず魚は入っておらず、快斗が居ないなら魚もよかったかなと思いながら、 慣れた手つきで冷蔵庫に材料を片付けていった。 後ろでは相変わらず眠そうなアヌビスが大きな欠伸をしている。 新一は片付け終えるとソファーで寝そべるアヌビスの隣に座り頭をそっと撫でた。 「眠そうだな。」 『ん〜。』 半分寝ぼけているのかどうも会話になっていない。 本当にこんなアヌビスは珍しい。 新一は彼の頭を半ば強制的に自身の膝の上にもたれかけさせる。 いわば、快斗が見たら羨ましがりそうなひざまくらだ。 アヌビスは本気で眠いのか、ごそごそと体制を動かして、 新一の膝に顎を乗せる形で寝そべった。 しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてくる。 やはり、彼もまた四六時中、新一を守るために気を張っていたのだろう。 不思議と今日は嫌な気を感じることもないため、少し気が抜けたのだ。 「ありがとう、アヌビス。」 再びその漆黒の滑らかな毛並みを撫で、新一もゆっくりと瞼を閉じた。 夕日がダイニングからゆっくりと引き、部屋の隅に少しだけ夜の気配が忍び寄る。 今日は本当に不思議なくらい穏やかで、静かで。 気づけば、彼もアヌビス同様、深い眠りへと入っていくほどに。 だから油断したのだろう。 確実に近づいていた危険な影を誰もが見落していた。 |