リビングに飛び込んだとき、目に入ったのは一面の赤。

それは血のように赤く、この世のすべてを焼き尽くすほどの輝きを放っていた。

 

 

よひのくち

 

 

「新一?」

「おぬしが護神か?」

 

聞こえた声は確かに慣れ親しんだもので、快斗の大好きな男にしては少し高めのアルト。

その声を発する唇も、一歩踏み出し近寄ってきた肢体も

快斗が誰よりも大切にする彼のものである。

 

 

それは変わらない、変わらないはずなのに。

 

 

「驚きで声も出んのか?軟弱な奴め。これでは新一の護神など任せきれぬではないか。」

 

ぐっと襟元をつかまれ近づいた顔。

覗き込んでくる対の瞳は、部屋を染めている色と同じく赤い。

 

ドウナッテルンダ?

 

快斗の頭の中で声が反復する。

快斗は襟元をつかむ強い力に屈しながらかろうじて動く視線で部屋の様子を見た。

何者かが侵入した後はなく、強いて言えば未だに眠りかぶっている役に立たぬ

式神が一匹ソファーの上にいるだけだ。

 

これだけの騒ぎというのに寝ているのは何たる所業かと呆れるだけの余裕が

まだ自分にあることに快斗自身驚いていた。

 

「おい、護神。聞いておるのか?」

 

「あんたは・・朱雀か?」

「ほぅ。よく分かったな。」

 

快斗の襟元を持った手を緩め、目の前の新一、

いや新一の形を成した朱雀は満足そうな笑みを浮かべる。

 

「そりゃ、そんだけ紅の羽を広げられたらさすがにね。」

 

「おぬしとて、フォルスの黒い羽ではないか。

まるでバテレンで聞くルシファーのようにみえるがな。」

 

忘れておったとばかりに朱雀は

新一の背から天使のように広げられていた紅の羽をスッと消してしまう。

とたんに部屋を包み込んでいた赤い光は一瞬にして消え、

部屋の中には月の明かりだけが残る。

快斗もまたそれに合わせるようにフォルスを憑依から解くと、

そっと新一の頬に手を伸ばした。

 

「あんたが出てきているってことは、新一に何かあったんだな?」

 

「そのことも知っているのか。新一から聞いたのか?」

 

朱雀はクスっと小さく笑みを漏らし、快斗の手を払うと

惰眠を貪っているアヌビスを投げてソファーにどかりと腰を下ろした。

 

アヌビスの体はまるで物のようにリビングに転がる。

だがピクリとも動かないその体にさすがに様子がおかしいと分かったのか

フォルスが彼の傍に降り立ち軽く頭をつついた。

 

『意識がない?』

 

「ああ。奴は新一の傍へ行った。間に合っておれば良いが。」

「なぁ、朱雀。状況を教えてくれ。」

 

「それが四神への頼む態度か・・・。

まぁ、良い。新一を救う手だてはおぬしにしかないのだからな。」

 

カチカチと時計の音が闇の中に響く。

その静寂の中、新一の姿を借りた朱雀はゆっくりと口を開いた。

 

「護神は我と清龍についてどこまで知っているのだ?」

 

「新一を気に入り、清龍は瞳に、朱雀は血に半身を預けたと。

そして、半身を預けるとは身の内に力を宿すこと。

すなわち、憑依のひとつの形だと聞いてる。」

 

「だいたいそれで間違ってはおらぬ。だが、憑依と言っても服部家の鬼のように

完全に意識がなくなるわけではない。憑依と言っても、新一はこの世を自由に

動くための憑代や目といったところだ。我々のほとんどの部分は式神の世界に

在るのだからな。だが、我と清龍は新一を気に入っておるゆえ・・・。」

 

朱雀はそこで一呼吸置くように言葉を切り、窓辺へとゆっくり近づく。

そして、まるで何かに謝罪するかのように夜風で冷たくなったガラス窓に額をつけた。

 

「守るために時にやりすぎてしまう。

意識と体を乗っ取り、新一の望まぬことをしてしまうのだ。」

 

「聞いたことあるよ。村の子供を殺しかけたって。」

「そうか。」

 

「そのせいで、朱雀を傷つけたと、俺の弱さが悪いともね。」

 

「・・・・まだ気にしておったか。」

 

言葉と共に振り返る朱雀は小さく自嘲的な笑みを浮かべる。

快斗とて詳しくは知らない。

新一を化け物だとののしって石を投げた子供に朱雀の怒りが暴走したとしか。

そしてそれ以降、朱雀と会話をすることができなくなったとも。

 

だが今はそんなことより状況が知りたかった。

そこまでして十年以上も新一への贖罪の気持ちから表に出なかった朱雀が

こうして目の前に居る状況に至った理由が。

 

「朱雀、新一の意識は式神の世界に在るのか?」

 

「聡いのぉ。ほんにおまえは。おまえの考える通り、新一を守るために

我は新一の意識を式神の世界へと飛ばした。意識とは魂にも通ずるもの。

フォルスはそれに気づき慌てて追って行った。体を忘れるほどにな。」

 

「守るとは、何からだ?」

 

「“この世の綻び”と今は言っておこうか。

いずれにせよ、新一を助けるのはお前にしかできぬ。護神・・・いや、黒羽快斗。

だが式神の世界は神の世界。いくら神の名をもつおまえとて戻ってこれる保証はない。」

 

 

それでも行くのか?と新一と同じ声で聴かれた。

 

そんなものは愚問だと快斗は思う。

そして、手を伸ばし、快斗は新一の体を抱きしめた。

 

「この命は新一のためにあるんだよ。そして新一の命は俺のためにあるからね。」

「横暴なガキじゃな。」

 

抱きしめ返した手は新一であって新一ではない。

体温は感じるが、その温度は快斗のよく知る温度ではない。

 

・・・取り戻してやるさ

 

快斗はそっと胸の中で決意しフォルスをみる。

彼もまたうなずく代わりに大きく羽ばたいてその意思を示した。