「・・・ん、快斗?」 彼に呼ばれた気がして目を覚ますと、そこは見たこともない部屋だった。 まず目に入ったのは、寝ているベットの天蓋だ。 麻でできた天蓋は、まるで海のような蒼さで、窓から入ってくる風にゆられると 穏やかな波のようにも思える。 さらに部屋の外から差し込んでくる柔らかな日差しがその情景を一層際立たせた。 新一はぼんやりとした頭のまま起き上がると周囲を見渡す。 大きな窓の外からは広い海が見え、部屋の中は西洋の城の内部のような趣だ。 壁はごつごつとした岩でできており、そのせいか少し肌寒いようにも感じる。 そっとベットから足を下ろせば、踝あたりまで沈むほど柔らかな絨毯が素足にあたり 新一はその心地よさに目を細めた。 何かがあったはずなのに頭の中は靄がかっていて・・・。 思考はピタリと停止しているようにも感じられた。 このまま再びベットに身を沈めて眠れるならどんなに幸せだろう。 新一がその欲に従おうと体を傾けた時、コンコンと背後にある扉がノックされた。 よひのくち 「お目覚めになられましたか?」 ノックと共に入ってきた長身の男はニコリと穏やかな笑みを浮かべた。 美しい絹のような蒼い髪は腰元までゆっくりと流れており、瞳もまた海と同じ色だ。 肌は白磁を思わせるほどに白く、光のあたり加減では青磁のようにも見えそうだと思う。 「まだ、混沌としているようですね。」 男は新一の顎に手をかけ上を向かせる。 想像通りその手は恐ろしく冷たい。 「新一。そんなに無防備にしないでください。」 「おまえを警戒する理由がない・・・清龍。」 「おや、御分かりでしたか。」 その男、清龍は驚いたように目を見開く。 だがすぐに楽しそうに微笑んだ。 「この姿で会うのは初めてかと思いますが。」 「なんとなくわかるよ。だって俺の傍にいつも居てくれただろ。」 そういって新一は胸のあたりに手を当てる。 その手に清龍は己の手を重ね、新一の肩に額を押し当てた。 「きちんと守りきれずすみません。」 「ここは式神の世界か?」 「そうです。咄嗟のこととは言え、精神のみしか連れてこれませんでした。 体は朱雀が連れてきてくれるはずです。正規のルートから。」 清龍の言う正規のルートとは村にある泉のことだ。 あそこのみが人の世と式神の世を繋ぐ入口であり、 そこ以外から入ることは不可能とされている。 ただ、この世界を統治する、四神であれば、入り口を無理に開くことも可能だ。 「アヌビスは?」 「彼も精神体であなたを追ってきたので、まだ眠っています。」 「無事なんだな。よかった。」 ホッと胸をなでおろす彼を清龍は黙って抱きしめる。 それは壊れ物を扱うかのように、ひどく優しい手つきだった。 「どうした?」 「今回の件、新一はどう考えているんですか?」 「よく分からない。けれど何かが俺を食おうとした。力を手にするために・・・。 清龍は何か感じなかったか?」 「いえ。ただ・・・これは推測ですが、人間界における綻びが広がったのかと。」 「綻び?」 「はい。式神の世界と人間の世を繋ぐ穴は、人に害をなすものではありません。 これは、新一の先祖が人の世を守るためにとつないだ穴です。 ただ、繋いではいけない世界があるんです。」 「死の世界か?」 「ええ。以前から小さな穴のようなものはあったのだと思います。 そこから少しずつ悪霊は流れ出ていた。しかし、今回、その綻びを広げようと、 何者かが新一の力を狙った。あなたは先祖がえりが強く表れている。 だからこそ、式神の世界を繋げた始祖のように、あなたに死神の世界と 人の世を繋がせようとしたのでしょう。」 「まぁ、そんなことはさせねぇけどな。」 ガチャリとノックもせずに扉が開く。 新一が声の主を見ようと視線を向ければ、次の瞬間には抱き上げられていた。 「何をするんですか?アヌビス。」 「一応、うちの主人のなんでね。勝手に触れられると困る。」 「あなたに忠誠心があったとは驚きですよ。」 腕の中から奪われたことに対する不機嫌さを隠すことなく、 清龍はアヌビスをにらみつける。 だがその視線をものともせずアヌビスは 新一の無事を確認するように全身をくまなく見渡した。 「うん。怪我は無さそうだな。」 「当たり前ですよ、私がミスをするとでも?」 「信用なるか。」 アヌビスの金色の瞳が鋭く細められる。 黒い短髪に瞳の色、その雰囲気からすぐにアヌビスとは分かったが 「おまえら、仲悪いのか?」 絨毯の上に下ろされた新一は不思議そうにアヌビスを見上げた。 「仲が悪いというか、血筋の違いみたいなもんだよ。」 「ふ〜ん。にしても見上げるなんて変な気分だ。おまえらみんな人の形になるのか?」 「そっちの方が便利だしな。このセクハラ野郎の撃退にも。」 「セクハラとは失礼な。それで、これからどうするんですか? ここでナイト様を待つのか。それとも・・・。」 「ばーろ。俺は守られるお姫様じゃねぇよ。」 そういって不敵に笑う新一に清龍とアヌビスもまた口元を緩めるのだった。 |