潜入捜査を行う上での最大のメリットをあげるならば

やはり情報収集の量が格段増えるということだろう。

ただ、興味半分で・・そんな雰囲気でまわりの人間と話をするだけなのだから、

例えそこに犯人がいても不審がることはまず無い。

新一もそれと同様に、まずは『藤本晃』について情報を集めることにした。

 

◇棘の道・2◇

 

「にしても、評判の悪い先公みたいだな。」

 

同僚の女性教師に、同じ生物担当の教師、学年主任に受け持ちクラスの生徒・・。

藤本晃に少しでも関わっている人間にそれとなく話を聞けば、

みな口から出るのは悪い評判だけだった。

 

 

 

『藤本先生?あんまり言いたくないけど彼には関わらない方が良いわよ。』

 

『どうも人の意見を聞かない人でね。理事長の息子だからだろうけど。

 それに噂じゃ、他人の研究結果を盗作しているとかも聞いたなぁ。

 あっ、俺が言ったって言わないでくれよ。工藤先生だから話すんだから。』

 

『難しい先生ですね。あまり彼については立場上言えませんが・・・。』

 

『あ〜藤本?メッチャムカツク先公だよね。』

 

『ほんと、セクハラもやってるって話だよ。』

 

『俺なんて目の敵にされてるんだぜ。一度悪口言ってるの聞かれてさぁ。』

 

『なにかにつけて、退学って言葉使うし、ウザイよな、はっきり言って。』

 

 

 

 

「これじゃあ、恨みをかわれて当然か・・・。」

新一は“よくもこれだけ悪い評判が立つな”と思いながらメモをもう一度見るが、

今のところ、犯人を推測できる手がかりは全くなかった。

 

 

「貴女が工藤先生ですか?」

「え?」

「初めましてですね。藤本晃、生物教師をしています。」

 

メモとにらみ合いながら歩いてる新一に突然前方からテノールの声が響いた。

その声に顔を上げれば、細身の体型に眼鏡をかけた貧弱そうな男が白衣を着て立っている

 

人の良さそうな笑顔もどこか、しらじらしい感じがして、確かに好印象に受け取れるタイプではない。

 

新一は僅かな嫌悪感を笑顔の下に押し隠すと軽く会釈をした。

 

「初めまして。全体的なあいさつは都合上していないので、

 まだ先生方のことは把握できていないんです。えっと、藤本先生でしたよね。」

「ええ、こんなに美しい先生だったらもっと早くにお会いしておけばよかった。」

 

藤本はさりげなく新一の隣にたち

授業中で生徒が廊下にだれもいないことを良いことに、新一の腰へと手を回す。

 

「先生?この手はなんでしょうか。」

「聞いていませんか?僕は理事長の息子なんです。」

「それが?」

「逆らわない方がいいですよ。ここの若い女性教諭達のようにね。」

 

“今日は挨拶程度にしておきます”そう耳元で告げて

藤本は厭らしい笑みと共に新一から離れると、近くの教室へと入っていった。

 

藤本が見えなくなったのを確認して新一は軽く身震いした。

あの男の護衛をしなくてはならないかと思うだけで正直吐き気をもよおしそうになる。

一番嫌いなタイプの人間。その男に触れられたかと思うと全身に鳥肌が立った。

 

「そういえば、20前後の女性教師はみな藤本に関しては何も言わなかったな。」

 

新一はもう一度メモを手にして、この学校にいる3人の若い女性教諭に印を付ける。

とりあえずは、この3人と話し込む必要がありそうだ。そう思いながら。

 

 

 

+++++++++++++

 

 

「なあ、悠斗。聞いたか?2年の新しい英語の先生。」

「興味ねーし。」

休み時間、1年棟の校舎は2年棟に来た新しい教師の話題で持ちきりだった。

 

帝丹高校はこの数年で改築工事を行い、学年ごとにそれぞれ棟を設け、

棟と棟の行き来はあまり活発に行われることはない為に、

他学年などは教師は顔も知らない。

 

それでも、部活の先輩の情報で美人教師の話は瞬く間に学校全体に広がった。

 

「悠斗、見に行きたいとかおもわねーの?

いくら、家族が美形揃いだからってたまには違う系の美人見た方が良いぞ。」

「面倒なんだよ。それにお前の言う美形はいつも微妙にずれてるし。」

 

読書をして一向に動こうとしない悠斗に友人達はあきれたようなため息を付く。

 

「あとで後悔したってしんねーぞ。ちょっと行ってくるから。」

「写真も撮ってきて、ぜってー後悔させてやる。」

「ついでに、ものにしちゃおうかな〜。」

「おとなしくお留守番しとけよ、悠ちゃん♪」

 

「さっさと行け。」

 

わいわいと騒ぐ友人4名を体よく追い出して悠斗は再び小説を読み進めた。

だが、逆に静かすぎる教室では読書も気が乗らなくて・・・。

あんな奴らでも一緒にいる方が好きなんだな〜と思考を巡らしてブルブルと頭をふる。

 

思考を転換するためにまわりを見れば、一人黙々と勉強をする女子と

ブツブツと何かを呟いている男子がいるだけで、

悠斗はつまらなそうに今度は外へと視線を移す。

 

初夏の日差しに照らされたグラウンドは砂漠を彷彿させるには充分だった。

 

「こんな中を2年校舎まであいつらは歩くのかよ・・・。」

どうせ帰ってきたら“水をくれ〜”と騒ぎ立てるのが手に取れるように予想できて、

悠斗は特にすることもないので1階の売店に飲み物を買いに教室をあとにするのだった。

 

 

 

「悠斗、一人か?珍しいな。」

「啓介(けいすけ)」

 

5つの紙パックの飲み物を二つほどひょいっと持ち上げて、牧原啓介はニヤリと笑った。

 

「持ってやるよ。大変だろ。」

「わりぃ。」

牧原啓介とは小学校からの付き合いで、

気さくで責任感が強く、生徒会長の経験も多い、いわば優等生タイプ。

それでも彼はそれを一度も鼻にかけたことはなく、悠斗は彼のそんなところを買っていた。

 

「それより、俺が一人で珍しいってどういう意味だよ。」

「ほら、いつもまわりに4人いるだろ。取り巻きみたいにさ。」

 

ククッとのどの奥で声を押し殺すように啓介は笑う。

 

取り巻き・・・どこかのボスかよ。

 

悠斗はそう内心突っ込みながら乾いた笑みを浮かべた。

 

「あいつらは、美人教師を見に行った。」

「ああ、あの。ちょっと悠斗の母さんに似てて美人だったぜ。」

「ふ〜ん。」

「今ので少し興味がわいただろ。マザコンだしな、悠斗は。」

 

ガンっとその足に回し蹴りを食らわして、

啓介の手からこぼれ落ちたジュースを二つ拾い上げる。

 

「教室ここだから、サンキュ。」

「おまっ、蹴りはねーだろ。」

「よけいなことを言うからだ。」

 

蹴られた部分をおさえながら、啓介は悠斗に講義するが

絶対零度の睨みにそれ以上は口をつぐむ。

 

 

「美人教師か・・・あいつみたいに藤本の被害にあわなきゃいいけど。」

「あ?なんか言ったか。」

「いや、独り言だ。またな、悠斗。」

 

笑顔で去っていく彼と入れ違いで、

“あちー”

“悠斗、水をくれ〜”

“その手の中にあるのはオレ達に!?”

“おれらってば、悠ちゃんに愛されてるじゃん♪”

 

と予想通りかえってきた4人に周りを囲まれて、悠斗はその一言を追求することは出来ない。

しょうがなく、気にかけながらも悠斗はそのまま友人達と教室へと入った。

 

 

この時、聞き漏らした啓介の一言が、

惨劇を助長させることになるなど悠斗にはまだ分かるはずもなかった。

 

あとがき

登場人物多数。なんかオリジな話になりそうで怖いです。

私的にそういうのは、どうしても許せないんですよね・・・。

 

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